01 我、憤死
何故だ。
何故、我は追い詰められている。
「メルは魔法で援護を! リーシャは矢で魔王を足止めしてくれ!」
「はい!」
「わかったわ!」
リーダーである【火】の勇者の指示で、奴の仲間が速やかに動く。
半年前なら児戯に等しかった連携が、今では虫唾が走るほど華麗に我の動作を阻害する。
「ぐっ……《デスブリンガー》!」
魔王である我しか扱えぬ暗黒魔法を発動。
かすりでもすれば人間風情の魂など瞬く間に吸い尽くす死の呪法だ。
しかし……。
「ポーラ!」
「《女神の神盾》」
【光】の勇者にして聖女の異名を持つ神官ポーラの防御壁の前に、渾身の魔法はあっさりと霧散する。
「我が押されている! 何故だっ……!」
以前に戦った時は、彼我の差など竜と鼠に等しかった。
いつの間にかその刃は、容易に我が喉元へ届くまでに至っていた。
「隙が出来た! 行くぞ!」
地上を守護する女神の加護を得た6人の勇者。
通称『勇者パーティー』。
奴らのために、我が魔王軍は各地で敗退につぐ敗退を重ねた。
「ぬあああっ! 《ソルブレイクファング》!」
周囲を塵芥に変えるはずの広範囲攻撃。
以前ならば、勇者パーティーを地平の彼方まで吹き飛ばしていただろう。
「オレに任せろ!」
我が一撃を、【地】の勇者の巨盾が阻む。
伝説級の武具で身を固められた今では、盾役の戦士を数歩下がらせるのが精々。
度重なる魔王軍との戦いを経て、勇者たちは心身共に凄まじい成長を遂げていた。
「助かったバクト! もう少しだ、みんな!」
それに比べ、我らはどうだ。
世界の半分まで手中に収めていたはずの魔王軍は、人間どもの結束を前に次々と綻びを見せ始めた。
打倒魔王軍で団結した人類連合は、我が軍の侵攻に対して最後まで防衛線を崩さなかった。
支配下に置いた領土では、隷属させたはずの人間が絶えず反乱を起こした。
その隙を勇者は逃さなかった。
配下の魔物は次々に倒され、気付けば支配していた領地は全て奪い返された。
(……いや、それでも挽回できたはずなのだ)
だが1番手痛かったのは――身内の裏切りだ。
誰が予想できようか。
苦心して集めた幹部が、全員背いてくるなど。
「ライル、合わせるぞ!」
「ああ、アリサ!」
あいつらさえ裏切らなければ。
【火】の勇者ライル。
貴様のように――
「魔王ギルバース、覚悟!」
防御に回したはずの腕はもうひとりの勇者に切断され、ライルの持つ聖剣クラウソラスの炎が、我を断つ。
「ぐああああああああああ!」
聖炎に包まれ、体が崩壊する。
負けたのか。
死ぬのか、ここで……!
我――ギルバースは、生まれながらに『王』だった。
力こそが全ての世界――魔界において絶大な力を手にして生まれた我は、敵を滅ぼしライバルを葬り、あらゆる種族を屈服させて魔族の頂点に立った。
誰もが我を『魔王』と崇めるようになった頃。
魔界の支配だけでは飽き足らなくなった我は、次なる目標を人間の暮らす地上世界へと定めた。
脆弱で取るに足らぬ人間ではあるが、奴らはどういうわけか天界の住人である女神に守られている。
地上侵略を画策した魔王は過去にもいたが、いずれも女神の加護を受けた『勇者』なる存在に討ち取られてきた。
決して慢心してはならぬ相手と見た我は、10年の時をかけて配下を選び抜き『魔王軍』を結成した。
空から海まで、あらゆる種族で構成された最強の軍団は、地上を瞬く間に蹂躙するはずだった。
開戦から半年。
我は魔王城でたったひとり。
人間の希望を背負った6人の勇者と戦い――死んだ。
敗北したのね、ギルバース。
…………でも、そうね。
まだ地上を支配したいと思う?
真の支配者になりたいと思う?
…………そう。
なら、あと1度だけチャンスをあげる。
やってみなさい。
あなたのやり方で、この世界の主役になりなさい。
そして今度こそ、あの子たちを――
「――――ま」
なんだ。
遠くで声がする。
ひどく懐かしい声だ。
目を開くと、見慣れた景色が眼球に飛び込んでくる。
(ここは、会議の間か?)
幹部からの報告を聞き、指示を下す魔王城の一室。
気付けば我は、室内に設けられた愛用の玉座に腰を落ち着けていた。
いや、それだけではない。
「魔王様、どうされました?」
中央のテーブルを境に左右から視線を送る5つの双眸。
そこには、魔王軍を次々に裏切っていった幹部たちの姿があった。