聖母は暗殺者との駆け引きに、ちょっぴりつまずく
篝火の爆ぜる音が、沈黙の間に響いた。
「……仕事の中身は」
探るような目で、ラモンはわたしを見すえる。
──喰いついた……!
〈採掘師〉たちが〈七大宝具〉と呼ぶ、伝説の道具のひとつ、〈ウルフバートのるつぼ〉。
この真紅の輝石は、その道具を作るための貴重な素材……〈彫金師〉のゴリオ老は、そう言っていた。
そして、その価値は1億ゴールド以上なのだとも──。
ラモンの心を動かしたのが、マグマの海さえ泳ぐことができるという宝具なのか、金銭的な価値なのかはわからない。けれども〈採掘師〉の瞳が、それまでにない熱を帯びていることはたしかだった。
「ひとつは、穴を掘ること」
「……場所は」
「王宮。翠玉宮の庭」
「城か……」
「何か問題が?」
「隠し通路の類は好かん。掘ったが最後、うしろからバッサリと相場が決まっとるでな」
秘密を守るための口封じ、ってこと?
さすがは裏の仕事人……という素人くさい感心を押し殺して、わたしは言った。
「大丈夫。掘ってほしいのは、ただの竪穴だから」
「たてあな……? そんなもん、なんに──」
「余計なことは聞かない主義、じゃなかったっけ?」
ラモンは小さく舌打ちをすると、言葉をつぐ。
「あとは……情報だがね。言っとくが、何があっても話せんことはあるぞ」
「うん……」
予防線を張られたけれど、これは想定内の反応だった。
組織を裏切る情報や、裏の仕事の依頼主が口外を禁じた内容を、彼らが簡単に漏らすはずがない。
それでも、ラモンの視線がチラリと赤い輝石を握る手に向けられたのを、わたしは見逃さなかった。
〈採掘師〉は、揺れている。だったら、強気に──
「あなたたちが依頼主との契約を大事にしていることは、わかってる」
「フン……なんぞ、こそばいな」
ラモンはちゃかすように言ったが、わたしには確信があった。
元おもちゃ屋の暗殺者リュカも、「契約」という言葉を何度も口にしていたからだ。
「表には出せない仕事、命のやりとりをする現場……あなたたちなら、さぞ厳密な契約を交わしているんでしょうね。そう、たとえば、依頼主の名前は決して明かさない。組織が陰謀に関わっていることを口外しない……奪った秘宝の保管場所や、拉致した相手の監禁場所なんて、もちろんバラしたりしないはず」
「ようわかっとるな。ほいだら──」
「だから、確認なんだけど」
わたしは、少し言葉を切った。
「あなたたちは、ある特定の時間帯に、自分たちがどんな移動手段を使っていたか口外しない、という契約を交わしているの?」
ラモンは目を細めて、ジトリとわたしを見た。
「……いーや。そんなたぁけた約束はしとらん」
「では、大聖堂が爆破された日についてうかがいます。爆発の直後から1時間以内に、大聖堂のまわりにいた組織の人間や、その関係者は、どんな移動手段を使っていましたか……思いつく限り、全部教えて」
あらかじめカゲと考えておいた質問のひとつを、わたしは慎重に口にした。
〈採掘師〉は、器用な角度に口角を歪める。
「……考えたな」
「どうなの。契約にも違反しないし、組織を裏切ることにもならない質問になっているはずよね。正確な情報をくれないなら、この石は渡せないんだから」
「さて、どうしたもんか……」
ラモンは、わざとらしく顎をさすって黙り込む。
相手は、裏の世界で生き抜いてきた暗殺者……やっぱり、こんな言葉遊びには付き合ってくれない、かな……?
焦る気持ちを抑えながら、わたしは火龍の心核をギュッと握った。
「ふーむ……」
「どっ……どうなのってばっ」
──うぅ……我ながら情けない声……。
「……聖母さま、あんた、あかんなぁ」
「なっ、なにっ」
「意外とかわいい」
「──っ」
「どーれ、思い出してみよみゃあか? 徒歩、徒歩、徒歩に……徒歩。あの日、その頃に動いとったやつらは、みーんな、自分の足で歩いとったに」
「……!」
自分の足……馬でも馬車でもなく、徒歩──。
「……転移系のスキルとかは?」
「術者が少ない分、かえって足がつくでな。オレらは、滅多に使わん」
「じゃあ、本当に徒歩だった……」
わたしは、噛み締めるように繰り返した。
移動手段が重要なヒントになる理由。
それは、爆破事件で奪われたものにある。
あの日、大聖堂から消えたものは、ふたつ。
ひとつは、王位継承の儀式には欠かせないという〈スクーンの石〉。
もうひとつは……アファナーシエフ大司教そのひとだ。
〈石〉は、シャトーナ王国一帯の要石から切り出されたという石板で、かなりの重量があるらしい。
普通に考えれば、持ち歩くには不向きな代物。ただ、どうにかして〈荷物〉に押し込むことができれば、人知れず運び出すのが不可能だとまでは言い切れない。
けれども、生きた人間をそのまま収納できる〈荷物〉なんてものは、この世に存在しないはずだ。
大司教を拉致したあと、目立たず素早く大聖堂を離れようとすれば、馬車か荷馬車……あるいは、転移系のスキルを使ったと考えるのが自然だった。
もし、移動手段が馬車や荷馬車だったなら。
大聖堂の各門には、それぞれ国軍の警備兵が配置されている。
大貴族の馬車でさえ、御者が家門を名乗って出入りをするのが常なのだから、あの日、大聖堂の敷地を出入りした馬車や配達の荷車の記録が残っていないはずがない。
もちろん、必死に事件の手がかりを探しているパーヴェルたちが、記録を確認していないはずがないけれど、もう一度調べ直す価値は出てくる。
あるいは、転移系のスキルと言われたら。
正直なところ、大司教や〈石〉の行方を探すのは、至難の業になってしまう。
それなら、捜索に力を注ぐよりも、陰謀をめぐらせている黒幕たちをあぶりだして監禁場所を白状させるほうが、予言された災厄の日が迫る今となっては、ベターな選択だった。
でも、ラモンの答えは、どちらでもない。
徒歩。
ということは──
たとえば……仮説、その一。
大司教は、脅されたり、スキルで洗脳されたりして、結果的に騒ぎを起こさず、自分の足で大聖堂を出ていった。
でも、これはありそうにもない。
だって、大司教は正教会関係者の中では、かなりの有名人なのだ。
あんな爆発があったあとで、煙の立ちのぼる大聖堂から老齢の大司教が出てきたのに、誰ひとり声もかけず、気づかおうともしなかったなんて、ちょっと考えられない。
それなら……仮説、その二、は……?
「〈スクーンの石〉も、大司教も、最初から大聖堂を──」
わたしが言いかけると、ラモンはジャラリと鎖を鳴らして背伸びをした。
「ああぁ、空気が悪い。話はもう終わったな。ほんだら、はよう穴掘りでもなんでも、連れてってちょう」
「……そうだね。わかった」
地下室の扉を閉めて、わたしは隠しフロアの通路に出た。
──最初から、大聖堂を出ていない……?
〈採掘師〉が遮った言葉の続きを、わたしは何度も胸の中で反芻していた──