〈採掘師〉の鉄板スキルが聖母にしか見えないワケ
前世の言葉を使うなら、まるで墜落した宇宙船──
倒れて地面にめり込んだ巨獣の外殻は、あちらこちらがひび割れて崩壊が進んでいた。
軋んだ金属の立てるギギ……ギ……という音が途切れ途切れに響いている。
ふたりがかりでぐったりしたマーサ+を運び出した魔族のメイドたちは、廃工場の脇に転がっていた木箱の上にそっとその身体を横たえた。
「彼女は、その……眠っている、のか?」
少し距離をおいて様子を見ていたアレクセイが、遠慮がちに訊く。
わたしは苦笑いしながら答えた。
「はい。それと、もう近づいてもいいですよ」
数分前──
融合体となったマーサの身体を、枯れた肉塊から掘り出していたわたしたちの耳に、王子の声が飛び込んできた。
「だいじょうぶかっ、そこで何が──」
化け物の外殻を駆けのぼってきたのだろう。
今にもハッチから突入してきそうな勢いのアレクセイに、わたしとムーゲンは反射的に叫んだ。
「来ちゃダメっ」「男は下がれっ」
「なっ、なにっ!?」
「殿下……マーサさんの格好が、ちょっとアレなので、魔族のふたりを呼んでもらえますか?」
「む……? そ、そうか、わかった……」
マーサの肩のあたりに張りついていた布の残骸を〈修復〉したら、リネンのブラウスとフード付きのマントが戻ってきたのは幸いだった。
大ぶりなマントで身体を包めば、とりあえずは動かせるもんね。
そして、現在──
木箱の上で静かな寝息を立てるマーサ+を見つめて、アレクセイはうなる。
「これが、あのマーサだとは……」
「聞くまでもないが──」
腕組みをしたムーゲンが、溜め息がちに訊いた。
「この者の髪は、もともと鋼色だった、というわけではないのだろうな?」
鋼色とムーゲンは言ったけれど、変わったのは色味だけではない。
ゆるやかにウェーブがかかったマーサ+の髪は、明らかに金属そのものだった。
手に触れると、シャラ……と、細い針金の束に指を通したような感覚がする。
光沢のある表面は、機械兵器の外殻の素材とそっくりだ。
変わったといえば、顔立ちも以前のマーサとはどこか違って見える。
融合体になったマーサの顔はツルッとしていて、どこか作り物のような印象だった。
生身の人間なら誰もが持っている雑味が消えた感じ……マーサを模倣した精巧な人形といったところだろうか。
頬骨の出っぱりに沿って、小指ほどの長さの滑らかな金属片がのぞいているところも、人形っぽさ……いや、人間ではない雰囲気を補強している。
こうした金属のプレートは、肩や背中、脇腹から手の甲と、全身の至るところに張りついているのだった。
魔族のオルタンスは小さく息を吐くと、冷静にあたりを見渡す。
「マーサさんについては、いったんおくとして……敵がこの拠点を放棄したなら、内部を探ってみる必要があります。大聖堂での事件についても、何か手がかりが残っているかもしれません」
「そうだね。オルタンスとオリンピアは、マーサさんを避難させたら、工場の中を調べてみて」
わたしが言うと、魔族のメイドたちは承知しました、とうなずいた。
ムーゲンが、ふむ、と鼻を鳴らす。
「それで? 我らはどうするのだ」
アレクセイとうなずきあって、わたしは答えた。
「一緒に来て……まだ、手強い相手と戦ってる人がいるはずだから──」
廃工場に隣接する、倉庫が建ちならんだ一画。
わたしたちは、崩れかけたレンガ塀の陰にひそんで、そっと様子をうかがった。
10mほどの距離を取って、静かに向かい合う男がふたり。
互いの額をつたう汗と、わずかに上下する肩が、長時間、激しい打ち合いを繰り広げていたことを物語っている。
「静かになったな。おみゃーの仲間らがデカブツを退治したらしい」
「……朗報だな」
世間話でもするような〈採掘師〉のラモンに、カゲはただ無感情な視線を向けている。
「ものは相談だが……今日のところは見逃してくれんか」
「なんだと……?」
「あの様子じゃ、もう勝敗は決しとる。これ以上ここでやりあうのは、無意味だでな」
「……そうはいかぬ。こちらが必要なのは情報だ」
「情報なんぞ、他のやつに聞きゃええだろ。でゃーてゃー、オレは自分の仕事に必要にゃー話は聞かん性質だ」
「……その戯言を信じろ、と?」
カゲは牽制するように苦無を放つ。
おっと……と、ラモンが反射的にハンマーで叩き落とすと、地面がバチッと電撃のような音を立てた。
「ハァ、だだくさに〈陣〉を張りゃがって」
「……お互いさまだ」
そういうことか──
身体能力の高いふたりが、こんな場所でただじっと向かい合って言葉を交わしているというのは、考えてみれば奇妙な光景だった。
けれどもそれは、足元に張り巡らされた相手の罠を警戒してのこと……ヘタに動くことができないほど、ふたりの周囲には危険が満ちているのだ。
〈採掘師〉は目を細めると、念を押すように問いかけた。
「もう一度だけ訊く。どうしても、引くつもりはにゃーか」
「……くどい」
「なら、しょーがない……あーあー、カネにもならん相手を、たわけらしいことだわ──っ」
パキンッ……
ラモンが小さく息を吐くのと同時に、カゲの周囲を薄青いガラスの壁が取り囲む。
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〈ガラスの棺〉=7人の小人が亡き姫を葬るために作った棺。再度、スキルを発動するまで、対象を移動不能にする。対象のHP以外の全ステータスが20分の1になる。
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あれは、ラモンが始祖祭の武闘会でも使ったスキル……閉じ込められたら、致命的な攻撃には耐えられないって言ってたやつ──!
こうなったら、〈採掘師〉の注意をそらすしかない……立ち上がりかけたわたしの肩を、ムーゲンがグイッと押さえつけた。
〈ちょっ……なんで止めるのっ〉
わたしが〈念話〉を送ると、ムーゲンは眉を吊り上げた。
〈落ち着け、リリム。なぜ、この状況でお前が飛び出す──?〉
〈なぜって……あのスキルに閉じ込められたら、カゲがやられちゃう!〉
〈あのスキル……? どのスキルだ〉
〈へっ……? なに言ってるの? あの青いガラスの──〉
ムーゲンは、ますます不審そうな顔をして肩をすくめた。
混乱しながらアレクセイを見ると、とくに動揺することもなく平然と様子をうかがっている。
──なに……どういうこと!?
目をパチクリしながらカゲに目を向ける。
やはり、青く透き通ったスキルの中に、黒衣のカゲが囚われているようにしか見えない。
〈採掘師〉のラモンは武闘会でやっていたのと同じように、周囲から砂鉄を引き寄せて、〈鉄の籠手〉を完成させていた。
投げた武器の威力が通常の10倍になり、必ず手元に返ってくる……そんな神がかった投擲を受けて、カゲが無事でいられるはずがない──。
わたしは焦りながら、ムーゲンを振り返った。
〈ねえっ、どれでもいいから、カゲに〈盾〉を使ってあげてっ。このままじゃ──〉
〈さっきから、なにをあわてている。不用意に〈盾〉など張っては、むしろあの者の邪魔になるかもしれぬぞ〉
〈カゲの邪魔……? なんで……?〉
〈リリム? 本当に大丈夫か?〉
──大丈夫ってなにっ、そっちこそ大丈夫っ!?
おかしなものでも見るような目を向けられて、わたしはますます混乱する。
砕石ハンマーを握り直した〈採掘師〉は、低い声で言った。
「一発で終わらせる……恨まんでちょう」
「……」
ブンッ……高速で回転するハンマーは、うなりをあげながら真っ直ぐにカゲに向かっていく。
声をあげそうになるわたしの口を、ムーゲンがすばやく押さえた。
凶器が〈ガラスの棺〉に閉じ込められたカゲの頭部を直撃する……そう思った刹那──
黒衣の間者は、まるでそこには何もないかのように、脱出不能であるはずのガラスの障壁を通り抜けて、すばやくハンマーをかわした。
「えっ──!?」
「なん──っ!?」
〈採掘師〉とわたしは同時に絶句する。
カゲの口角が、わずかに上がった。
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〈洞窟のイドラ〉=げに恐ろしきは、思い込み。これまでの経験に目が曇り、現実が見えなくなる。最長5分間、対象は使用者に対して、いかなるスキルも発動させることはできない。効果中に対象が何らかのスキルを発動させようとした場合、過去に対象がそのスキルの発動に成功したと認識したことのある者は、当該スキルが発動していると誤認する。
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次の瞬間、黒衣の間者は大地を蹴ってヒラリと宙を舞う。
その足先は、トラップだらけの地面の一点に狙いすましたように着地した。
ドドドドンッ……
踏まれた地面から爆炎が高く噴き上がって、カゲの姿は土ボコリの向こうに見えなくなる。
「自分で〈爆裂陣〉をっ……クッ、どこに──」
「……ここだ」
「──!」
爆炎の勢いを利用して跳んだのか、影のような男はいつの間にか〈採掘師〉の背後を取っていた。
すかさず、カゲが刃を繰り出す。得物を投げ放したままのラモンは、身をよじって一歩、後ずさった。
パリッ……〈採掘師〉の足元で、静電気が火花を散らすような音がする。
そのとき、ラモンはなぜか、愉快そうな顔で天を仰いだ。
「まったく、こっすい手品を──」
バリバリバリバリッ……
青白い閃光とともに、ラモンの全身がガクガク震える。
容赦ない高圧電流を浴びて、〈採掘師〉の頭からブシュウと煙が上がった。
カゲは、そんなラモンの背を見つめて静かにつぶやいた。
「〈雷撃陣〉……【破】」
ガクッと地面に膝をついた〈採掘師〉の手元に、回転しながら戻ってきたハンマーがコツンと当たる。
忠実な採掘道具が虚しく落下するのと同時に、ラモンの身体はドサリと大地に倒れた──