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「ただいま」

 道鬼結衣は数日ぶりに帰宅した。

 週末はサポートのトランペット奏者として帯同しているバンドのツアーの公演日だったので、土曜日は新潟に、日曜日は山梨で演奏していた。機材の片付けや、翌週の北海道での千秋楽の打ち合わせを行い、帰宅できたのは月曜日の夜だった。

「んー、おかえり」

 道鬼陽菜は視線を変えず、ソファに座りスマートフォンをいじっていた。

 陽菜が座っているソファは、一年前に大手家具屋で購入した安物だった。家は、千葉郊外の安くて狭い2LDKのアパートの二階なので、ソファを置くかどうか二人でかなり悩んだ。すると、なかなか結論を出さない二人に、子どもの蓮が「部活が終わった後に休める場所が欲しい」と言うので、購入に踏み切ったのだった。乱暴に使ってはいけないとそれぞれが気をつけて使っているため、カバーやクッション、スプリングも壊れておらず、未だ新品同様の状態をキープしている。

「蓮は? もう寝てんの?」結衣は荷物を降ろして肩を回した。「あー、肩凝った」

「うん、部活で疲れたって、早めに寝ちゃった。ツアーお疲れ様です。肩揉みしようか?」

「うん、お願い」結衣は陽菜の前に座った。「もう二年もしないで中学生になるってのに、赤ちゃんみたいに寝る時間早いな。まだ八時半じゃん」

「勉強ちゃんとやってんのかちょっと心配」陽菜は結衣の肩に手を置いた。「うわ、今日はまた一段と凝ってんなあ。すごい張ってる。緊張しすぎじゃないですか?」

「今回呼んでもらってるところは初めてだから、ここでちゃんと実績残して、次も呼ばれるようにしないとって思ってたら、力入りすぎたかな」

 しばらく肩を揉んでもらって気持ち良くなってきていたからか、ほとんど何も考えずに陽菜に質問した。「てか、さっきスマホいじってたの、珍しいね」

 陽菜は、知り合った頃からあまりデジタルデバイスを触りたがらなかった。以前、結衣が陽菜に理由を尋ねると、画面や光を長時間見ることが苦手なのだと言った。また、情報過多で疲れるとも言って、SNSも高校を卒業してから退会していた。結婚したときに「どうせ一緒にいるから、もう私スマホ解約しようかな」と言ったくらいで、そのときは「私出張多いから、それだけはさすがに持ってて」と結衣が止めたほどだった。だから、先程まで陽菜が苦手な素振りも見せずにスイスイと指を動かしていたのが何となく気になった。しかし、結衣は何気なく聞いたつもりだったが、陽菜の手は一瞬止まり、その後揉む力が明らかに強くなった。

「明日の献立何にしようかと思いまして、探していました」

 陽菜は、結衣が高校時代の先輩だったこともあり、出会ってから三十年近く経っても敬語まじりで結衣に話す癖がある。しかし、やたら丁寧語を使うときは決まって何かやましいことがあるときだということを、結衣は知っていた。

「違うのね」

「違わないですよ」

「本当に怒らないから、本当のこと言ってよ。気になる」陽菜を安心させようと、陽菜の方を振り向き、肩を揉む陽菜の手の上に自分の手を重ねた。

「本当に?」

「本当、本当」

「……じゃあ言うけど」数秒間黙った後、陽菜は口を開けた。「ポリアモリーって知ってる?」

「知らない。何それ」陽菜のことだから、新しい料理道具か何かだろう。

「同意を得た上で、二人以上の人とパートナーシップを築くこと」

「え?」

「例えば、今私結衣さんと結婚してるけど、もう一人誰かと結婚するって感じ」

「今の法律じゃ無理じゃん」

「そう。今は無理なんだけど、その法律を作ろうって動いてる団体とか政治家さんとかがいるんです」陽菜はやけに滑らかに早口で説明した。いつもの陽菜らしくない。

「それで」

「……今度、ちょっと会いたい人がいます」

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