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「お邪魔します」

 家の中に入ると、生活感はあるもののかなり片付いていた。てっきり大家族の家は散らかっているものと思い込んでいた。玄関は、何人もが一斉に靴を脱げそうなほど広かったが、靴はあまり出ておらず、出ている靴はすべて玄関の縁に丁寧に揃えられていた。入ってすぐ左側の戸棚の上には花瓶が置かれており、ラベンダーが芳しい香りを漂わせていた。隅には傘置きがあり、ここだけはビニール傘がかさばっているのか、生活感をにおわせていた。

 もの珍しそうに見回していると、「結構きれいなんだなとか思ってました?」と佐久間から不意を突かれた。

「ええ、まあ、正直」

「人数が多い分ちょっと大きめの家ですけど、別にそれ以外は『普通の郊外の家』でしょう」

「そうですね」

「別にね、ポリアモリーだろうがセクシュアルマイノリティだろうが、みんな大体『普通』に暮らしてるんですよ」

「それは、そうですよね」特にゲイなどと気にせずに同期の川田とは切磋琢磨して働いていたときのことを思い出しながら、返事をした。

 玄関から程近くに、二十畳ほどのリビングとキッチンが見えた。奥の廊下には壁と一体化した大きな本棚があり、小説から専門書まで様々なジャンルの本が所狭しと天井から床まで詰まっていた。

「今日はここで話しましょう。テーブルみたいに面と向かって座ると人間って戦闘モードのようになってしまうらしいから、囲んで、和やかに、ね」佐久間から指定された場所は、キッチンの前にある大きなダイニングテーブルではなく、テレビの前に置かれたコの字型のソファだった。ただ、窓際のものだけソファが他のL字部分のものとは別物だった。種類は異なるようだが、不思議と大きさだけは合っていた。

 すでにソファには女性と小学生と思われる男子が、非常に緊張した様子で着席していた。男子の方は背筋が真っ直ぐになるどころか、不自然に胸を張って腰を反らしていた。

 ダイニングテーブルの椅子の数が八脚あるから八人家族なのかと考えながら、二人にも「はじめまして。フリーの記者をしております、矢島と申します」と、まだ渡していなかった結衣にも合わせて名刺を渡そうとした。

 座っていた女性がすぐ立ち上がり、和やかに微笑んだ。「はじめまして、道鬼陽菜と申します。結衣さんと、茂さんのパートナーです。で、この子は茂さんのもう一人のパートナーの子どもで、駿ちゃん、あ、駿一くんです」

 江口駿一と紹介された男子は、まるで操り人形のように不自然にまっすぐ上に引っ張られるように立ち上がった。

「え、えぐ、江口駿一です。小学五年生です。パパとお姉ちゃんと、みんなと一緒に暮らしています。よろしくお願いします」噛みながらも丁寧に台詞口調で挨拶した。

「よろしくお願いします。名刺は、駿一くんにはまだ早いから、渡さないことにしますね」

 結衣が、他人行儀且つ申し訳なさそうに「ごめんなさいね、あと駿一たちの親の江口信哉ってのが同席するはずだったんですけど、急遽休日出勤になっちゃったので、今日は欠席です。すごくお話したがってたんですけどね。でも、私たちと、信哉で大人は全員です。まあ、凛ちゃんを大人とカウントするならあと二人か」

「家族が多いから、先に家族構成の話をした方がいいでしょう。まあ、みんな座りましょうよ。おじさん、立ってるの疲れた」と手をひらひらさせた。「矢島さんも覚えきれないでしょうから、メモは取っていいですよ。ただ、録音や、デジタルデバイスは、今日は遠慮してください」

「録音などはもちろん承知しています。じゃあ、失礼して」と腰を下ろしながら、鞄からメモとペンを取り出した。アットホームな雰囲気を出しつつ、この家族にしっかり警戒されている。ある意味、警戒心においては家族で一致団結しているように見え、確かに義理の関係でも絆は強いのかもしれない。

「私、飲み物用意しますねー」と陽菜だけ立ち上がった。「結衣さんと茂さんはブラックでしょ、駿ちゃんは、今日はいい子だからコーラにしてあげる」

「よっしゃ」駿一が小さくガッツポーズを取っている姿を見ると、やはり小学生なのだなと微笑ましくなった。

「えーと……」陽菜が首をかしげて困った顔を矢島に向けた。

「あ、矢島です」

「矢島さん。ごめんなさい、人の名前覚えるの苦手で」両の手ひらを胸の前で合わせて謝った。「コーヒーとコーラ以外には、紅茶と緑茶、リンゴジュースがありますけど、どれにします? ウチ大家族だから、飲み物はいつも種類のいろんなものを飲めるように用意してるんです」

「ありがとうございます。じゃ、緑茶でお願いします」

「はいはーい」

 飲み物が揃い、「話し合い」という名のプレ取材が始まった。

「改めて、まず僕が佐久間茂です。この家では一番年長です。そろそろ還暦」白髪が多めの髪で隠れたこめかみの辺りを掻きながら佐久間が説明を始めた。「僕の血のつながった凛子っていう一人っ子も、一緒に住んでます。今は二階で寝てますかね。親権は前妻にあるので、苗字は谷と言いますが。ちなみに僕過去に一度結婚してて。……あいつどんなだった?」佐久間が子どもの様子を結衣と陽菜に尋ねた。

「爆睡してる。あれは夕方頃まで寝るかも」結衣が少々呆れた様子で答えた。

「社会人なんだから生活リズム崩すなって言ってんのに、もう」佐久間は溜息を吐いた。「親馬鹿ですけど、よく働くいい子なんですよ。まあ、子どもと言ってももう立派な社会人なんですけどね。転勤して前妻と住んでた家よりこっちの家の方が近いからってんで、去年転がり込んできたんです。この家に越してきたのは一番遅いですね」

「私と茂さんが二年前に事実婚して引っ越してきて、凛ちゃんが来たのはその一年後くらい」陽菜が答えた。

「僕はそんな感じか。で、僕のパートナーの一人が陽菜さん」佐久間が座っている陽菜を指さした。

「はいっ、道鬼陽菜です!」手を上げて陽菜が元気に応じた。「茂さんとは、SNSで知り合いました」

「失礼ですが、ご結婚されたきっかけは?」

「えーと」陽菜の表情が、少し真面目な顔つきに変わった。「そもそも、もう十……五年前に、私と結衣さんは結婚していて」と言いながら少し恥ずかしそうに結衣の膝に手を置いた。

「うん、十五年。付き合ってからはもう二十六年、出会ったのは三〇年近く前ですね」結衣の方は照れより惚気の方が強かった。

「かなり長いですね」

「高校からの付き合いで、ね」陽菜の顔はどんどん赤くなり、語尾もやや小さくなっていた。「結婚して、精子提供で、結衣さんが息子を産んで。蓮って名前で、今思春期真っただ中の中学生です。今は野球部の練習で」

「では、道鬼さんたちは、最初はその三人家族だったんですね」

「そうですね。十年以上、三人家族でした」結衣が話し始めた。

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