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他のグループもしばらく観察してから、矢島は川田と合流した。川田は、パートナーの島崎快人と一緒に「セクシュアリティをオープンにして生活したい」と書かれたうちわと、レインボーの旗を一つずつ持ってフロートの列に並んでいた。
「どうだった?」
川田は矢島に聞きながら、自分の持っているものと同じ旗とうちわを矢島に渡した。うちわは顔よりも大きく、アイドルのコンサートにファンが持っていくような目立つ蛍光色をしていた。
「うん、年齢差のある大家族っぽい人たちを見かけた。大人が多めだったけど。そしたら案の定ポリアモリーだった。けど、話を聞こうとしたら追い払われちゃった」
「家族やセクシュアリティのことをあまり人に話したくない人は、今も結構いるからね。プライベートなことだし、マジョリティは普通話さないことでしょ。俺みたいに超オープンにしてる方が珍しいと思うよ」
「確かに」川田に指摘されて家族構成についてずけずけと聞いたことを矢島は反省した。「ていうか、さっきのパレードの件といい、やっぱり川田くんって結構LGBTQに詳しいよね。当事者ってみんなそんなもんなの?」
「まさか」少し笑いながら川田は手を横に振った。「俺は、大学でゲイコミュニティを研究するゼミに入ってたから、その過程でゲイ以外のこともちょこちょこ調べたりして、少し知ってるだけ。みんながみんなLGBTQに詳しかったり活動家みたいなことしてるわけじゃない」
「そうなんだ」矢島は「ポリアモリーの一家」とだけ書かれたメモを眺めた。「あの家族からなんか話を聞ければ面白いことが書けそうだったんだけどなー。直観だけどね」
「あのさ」少し間を置いて川田が矢島に真面目な面持ちで言った。「多分その家族から邪険にされたのは『面白そうなことを書きたい』ってのが、矢島から透けて見えたからだと思うよ。興味本位の冷やかしじゃないのは、同期だからよく分かってるけど」
「え?」
「これは褒めてるんだけど」少々真面目なトーンを緩めた。「今日久々に会ったときは『スランプ中です』って顔に書いてあったくらい、記者として調子悪そうだった。でも、今の矢島は『私のやるべきことを見つけた!』っていきいきして見えるんだよね。ずっと一緒に働いてたし、そのくらいは分かる」
そんなに自分の内面が分かりやすく出ていたのか、とまた反省した。会社員時代は、態度でわかりやすくなっているときには度々周りが指摘してくれたが、フリーランスになってからそういった機会はほとんどなくなっていた。
「でも」川田は真面目な調子に戻し、「そういうのも、その家族にとっては不安要素だったのかも。ガツガツこられたら、相手は引くもんだし。一般の人なら尚更。まずは相手に認めてもらうところから。記者の基本から見直した方がいいよ」と釘を刺した。
「反省した。ありがとう」メモを鞄にしまって、旗とうちわをそれぞれ手に持った。「まずは、パレードを楽しむことにする。そしたら、少しは考え方変わるかもしれないし」
パレードは思いのほか楽しかった、と矢島は帰途で思い返していた。
歩道にいる人々から次々と「ハッピープライド!」と声を掛けられハイタッチする度に、当事者でなくとも幸せな気分になった。春とはいえ日差しが強く、湿度は低いものの暑く感じられ、慣れない場所に出向いたので疲れは感じでいた。でも、心地よい疲労だ、と電車のつり革を握りながら少し微笑んだ。自分が思っているより疲れているのか、立ちながら寝られそうなくらいだった。
一方で、パレードの前に話しかけた家族のことを忘れられずにいた。どうにかしてあの家族とコンタクトを取り、あわよくば、いや絶対に取材したい。ポリアモリー自体に世間の関心が集まっているし、自分自身も引っかかっているものが動きそうな気がする。しかし、セクシュアルマイノリティ界隈とのコネは、川田を除けばないに等しかった。