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フロートを眺めていると、手作りの横断幕を手に持って、仲良さそうに話す小さなグループを見かけた。横断幕には「ポリアモリーの家族、最高」と書かれている。横断幕を持っている人は、五〇代かと思われる男性から十歳ほどに見える小さい子どもまで、年齢も性別もバラバラだった。しかし、親子に見えないほど年齢差がある大人と子どもが和気藹々と話している姿は、やはり祖父と孫というより親子に見えた。
矢島は、ホットドッグのゴミをジーパンの後ろポケットに押し込んだ。代わりに鞄から取り出したペンとメモを握り、年長者と思われる男性に話しかけた。
「あの、すみません」
「はい」最年長と思われる男性が矢島の方を振り向いた。白髪が多めで、耳が隠れるほど髪が伸びており、フレームのない軽そうなメガネを掛けた、長身で細身の男性だった。
「フリーランスで記者、ライター業をしております、矢島と申します」矢島は慣れた手つきで、ゴミを入れた反対のポケットから名刺を素早く取り出し、男性に手渡した。
「頂戴します」男性は丁寧に名刺を受け取り、目を細めて名刺を眺めた。
「突然すみません。パレードの参加者を見ていたら、皆さんが気になって。少しお話をうかがってもよろしいでしょうか」
「どこに載せるんですか」矢島の顔と名刺を交互に見ながら、男性が尋ねた。
男性の隣にいる娘と思われる女性は、矢島を天敵のように睨みつけていた。女性の身体から溢れ出る敵意に、少しひるみそうになった。
「いや、とりあえず先に名刺はお渡ししましたが、別に記事にしたいからお話をうかがいたいというわけではないんです。本当に、個人的興味で。だから記事にはしません、今のところは」
「今のところ、ねえ」男性が目を細めて、メガネ越しに矢島を射るように見た。女性から感じる敵意は炎のように熱いとしたら、この男性から感じるそれは、南極で凍りづけにされそうな冷たさだった。
「パパ、どうしたの」女性が、矢島から視線を離さずに男性に話しかけた。どうしたも何も、さっきからずっと耳をそばだてて聞いているではないか。
「ああ、この方記者で、なんか興味があって僕たちに話しかけたんだって」
「はあ」女性は、明らかに呆れた顔を矢島に向けた。「まあ記事にはしないってんなら答えてあげてもいいんじゃん」
「ありがとうございます」見えない炎が小さくなる気配は微塵も感じられなかったが、この女性は意外と話が分かる人だと少し安心しながら、ペンを握り直した。
「では、単刀直入にお聞きするんですが、皆さんはどういった関係でいらっしゃるんでしょうか。横断幕を持った方々の人数が何人もいらっしゃいますし、年齢もバラバラなように見受けられたので、関係性が気になったもので」
「ポリアモリーの家族ですよ」矢島の質問に被せるように女性の方が返答した。「数年前から一緒に暮らしていたんですけど、去年ポリアモリー法が成立して、その当日に家族として登録したんです」
「なるほど」
にこやかな表情を忘れないようにしながら、「家族」全体を見て大きめにうなずいた。
「多分ですけど、ポリアモリー家族法制化の第一号だったんじゃないかと思いますよ」男性は少し自慢気に答えた。
「すごいですね。『前から』っておっしゃってましたけど、比較的小さいお子さんもいらっしゃいますよね、そちらに。最初はどのように」
「記事にするわけでもないのに、個人的興味だけで随分根掘り葉掘り聞こうとするんですね」女性は、今度は矢島の話を露骨に遮って、嫌悪感を露骨に示した。「久しぶりですよ、こういうの。そのステッカー付けてる人は、わざわざパレードで歩くくらいだからLGBTQに理解ある人だと思ってましたけど、やっぱりそうでもないんですね」と言いながら、矢島が胸元に貼ったパレード参加者を示すステッカーを指さして、女性は仰々しくため息をついた。
「あなた、シスヘテですか?」
「シスヘテ?」
どういうことかと考えていると「そろそろ前に移動しまーす」という運営ボランティアの声が前から聞こえてきた。
「じゃ、そろそろ出番なようなので、失礼します」男性が話を切り上げ、一行は前に進み出した。
一般人相手に、政治関係者や警察関係者に聞くのと同じように直接的に質問してしまっていたかもしれないと矢島は反省した。