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「俺はずっと佐久間さん好きだったんですよ。前の妻と結婚したのは……俺自身がゲイだったのに、同性愛に偏見があったというか、オープンにできなかったんですよね。だから世間体と、あと家族は欲しいと思っていたので、普通の家族が。だから女性と結婚したんですけど、俺が妻にちゃんと向き合ってなかったから、全然長続きしなかったんです。自業自得ですけどね」

「前のパートナーさんとはどこでお知り合いになったんですか」

「高校の部活で。部活を引退してから付き合いだして。だから付き合いは長かったですね。それに妻は、俺が今の会社に転職して仕事ばっかりになったら、妻はバリキャリで本当は仕事続けたかったのに専業主婦になって、献身的に支えてくれました。それでも愛想尽かされたんだから、全面的に俺が悪いですね。やっぱり仕事したいって言われて、子どもは俺が引き取ることになりました」

 伏し目がちに語る信哉の姿は、愁いを帯びているように見えた。

「すみません、湿っぽくなっちゃいましたね」手で膝を叩いて江口信哉は切り替えようとした。「駿一は、前にいらっしゃったとき話したみたいだからご存じだと思いますけど、亜紀には会ったことないですよね」

「ええ、残念ながら」

「亜紀は……今小学校六年生の女の子で、明るい子だったんですけど……ここ一年くらいですかね、グレ始めて」

「今日はどちらに?」

「今日も、お友達の家に泊まってるんじゃないですかねえ。GPSで居場所を把握することもできるんですけど、あまりそういう過干渉なことはしたくないんで。お世話になってる親御さんにはお礼したいですけど」ため息をつきながら信哉が漏らした。

「失礼かもしれませんが、何か思い当たる節は?」

「正直分からないんですよねえ」信哉は後ろにのけぞって、ソファにもたれた。「強いて言えば、亜紀がグレ始めた時期と凛ちゃんが越してきた時期が重なるんですけど、亜紀と凛ちゃんむしろ仲良いし。今亜紀がまともに会話するの、凛ちゃんくらいですから」

「他の家族とはあまり仲良くないんですか」

「特に大人はね、うるせーとか言って。反抗期ですね」

「なんかウチの話したの?」身支度を整えた谷がリビングに入ってきた。

「いや、亜紀が凛ちゃんとしかまともに話さないって愚痴ってたところ」

「まあ、そうだね」冷めた口調で谷が返答した。「信哉さんさ、亜紀の話ちゃんと聞こうとしたことある?」

「聞いてるよ」

「ふん、どうだかね」谷は嘲笑した。谷も家族とは必ずしも上手くいっていないのだろうか。

「それより、矢島さん、ですよね? ウチの話ってあんまり聞いてないですよね」

「そうですね、あんまり」

「じゃあ、次はウチのターンってことで」と谷は言うと、ソファに座る佐久間の元に行き、「ウチの話なんだから退いてよ」と半ば強引に佐久間の席を奪った。佐久間は特に反論せず席を立ってダイニングテーブルに移動した。

「はい、質問どうぞ!」

「えーと」とメモをめくりながら、「茂さんの娘さんにあたるけど、苗字はお母様のなんですよね」と質問した。

「違いますね」

「え?」焦ってメモを見返した。

「娘じゃないです」谷は矢島を見下ろすような視線を向けながら話を続けた。「確かに佐久間茂は父です。血もつながってます。母の姓は谷です。そこは合ってる。でもウチは娘ではない」

「えっと、すみません、お名前に『子』が付いてるから、てっきり娘さんかと思ってたんですけど」

「身体の性別は女です。ただ戸籍は成人するタイミングで『その他』に変更しました。なんで、娘ではないです」きっぱり否定するように谷は答えた。

 ああ、と矢島は事前に川田から教えてもらったセクシュアルマイノリティの基礎知識を思い出していた。ジェンダーアイデンティティが男女どちらかではないと感じる人を、和製英語ではXジェンダー、英語圏では似たような意味でノンバイナリーというと聞いていた。

「ということは、Xジェンダーなんですか」

「もう最近はカテゴライズするのも面倒なんですけどね。ジェンダーアイデンティティってのが感覚としてよく分からなくて。強いて言えば、無性のXジェンダーですかねえ」伏し目がちに答えていた谷が身体を起こして急に矢島の方に近付いた。「逆に聞きたいんですけど、矢島さんはシスジェンダーですよね? 何で自分のこと女性と思うんですか? あ、身体がメスだからってのはナシでお願いしますね」

 シスジェンダーというのは、身体の性別とジェンダーアイデンティティが一致していることを指していると保健の授業で習ったなと思い出しながら、矢島は谷の質問に対する答えを考えた。しかし、しばらく考えてみても、これといって「理由」は思いつかなかった。

「ごめんなさい、ほとんど考えたこともないくらい、当たり前に受け入れたので分からないです」

「それなんですよ! シスはそもそも疑問に思ったことがないか、それが極めて少ないかなんですよ」谷は矢島に指さした。「ウチには、周りから与えられた性役割や属性を何も考えずに受け入れるって方が訳分かんないですね。勿論、私も小さい頃は親から女の子として育てられましたけど、違和感しかなった。誤解しないで欲しいんですけど、女の子のものとされるものが全部嫌ってわけじゃないんですよ。男の子はこっち、女の子はこっちって、あらゆるものが分けられるじゃないですか。好きなものだけじゃない、得意なことや向いてる仕事まで決めつけられる。それが意味分かんないってことです。まあ、あくまでウチの場合ですけど」まくし立てるような早口で谷は持論を展開した。

「ああ、でも確かにジェンダーアイデンティティに限らず、女の子向けとされてるものが好きな男の子だっていますよね」

「ですよね!制服とか選べるようになって、これでも親が子どもの頃よりは随分マシになったっていうけど。でもそれが与える側になると、親になると子どもを枠にはめたがるんですよ。本当に不思議ですよねえ。それが嫌で、一時期親とは口を聞きませんでした。別にウチはトランス男性ではないですけど、反抗して中高は一回もスカート穿きませんでしたしね」

「反骨精神が強いですね……」谷から我の強さを感じ、圧倒された。

「ノンバイナリーに対して、いつまで中二病こじらせてんだって言う奴もいるけど、戸籍も選べるようになったし、中二病上等」とケラケラ笑いながら谷は中指を立てていた。

「あまり攻撃的すぎることはしない方が身のためだと思うけどね」少し離れたダイニングテーブルの方から佐久間が谷をたしなめた。

「うっさいな」心底うざったそうな顔をして谷が佐久間をにらみつけた。東京レインボープライドで見かけたときは仲よさそうに見えたのに、この親子は案外仲がよくないのか。

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