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「もう一つ、先に火に掛けるものでもありましたっけ」

「違う」佐久間は一瞬斜め下を向いた後「僕たち、結婚しない?」と言った。

 信哉は頭が真っ白になった。何と答えたらいいのか分からなかった。

「僕も君も今は独身じゃない。で、君は子育てに手が回っていないだろう」

「ええ、ご存じの通り」

「実は僕、近いうち退職するつもりなんだ。遅くとも、今年中には」

「え?」佐久間が退職して日常的に会えなくなる方が、信哉には現実的に感じられた。心の中の何かが萎む音が聞こえそうだった。

「前職のツテで、在宅のSEとして転職するつもりで」

「今の職とまた随分違いますね」

「これでも前はフロントエンドのエンジニアを少しやってたこともあるんだよ。今の職場には、流通やマネジメントを学ぶために就いたからね。それはもう十分かなと思って」佐久間は火に息を吹きかけながら、薪をくべていた。「実は、この間、千葉の郊外に中古の家買ってね。ゆくゆくはシェアハウスみたいにしたいんだ」

「シェアハウスですか」シェアハウスと自分が突然プロポーズされたことの関連性が信哉には分からなかった。もしかして、さっきのは幻聴とか聞き間違いだったのではないか。

「それで、まあ最初はただの同居でもいいと思ってるけど、そこで一緒に住まない? 僕は家で仕事をすることになるから、子どもの面倒を見やすいと思う。駿一くんが小学校上がるまでなら休職してもいい。でも、子どもたちに万が一何かあっても、親じゃないと僕も色々と動きにくいだろう? それなら親子関係になった方が何かと便利かなって。亜紀ちゃんも駿一くんも、結構僕に懐いてくれてると思うし」

 思い返してみても、やはり佐久間は自分に求婚したはずだった。しかし、話を聞いてみても、子どもの話は出てきても自分の話はまったく出て来ていない。

 しばらく考える素振りをした後、思い切って信哉は佐久間に真意を聞いた。

「……あの、それって、俺のこと」

「ああ大丈夫、好きじゃないから」

 好きじゃない? 大丈夫? 好きじゃない? 好きじゃないから大丈夫?

「いずれ僕が退職予定だっていったって、上司に好きだと言われたら困るだろう。でも、大丈夫。好きじゃないから。恋愛としては好きじゃないってことね。ゲイに偏見がある、ないっていう話じゃないよ。あまり恋愛しないみたいなんだ、僕」

「あ、そうですか。そうですよね」

 信哉はハンモックの方に戻ろうとした。立ち止まっていては涙が出そうだった。すっかり大人になって子どもも二人いて仕事に追われる毎日では、もう恋愛などすることもないだろうと、離婚時には思っていた。佐久間への恋心も、どこかで分かっていたが気付かないふりをしていた。だが、それも失恋することで無視できなくなった。たとえ求婚されたとしても、そこに恋愛感情が乗っていなければ、信哉は振られたも同然だった。

「ごめん、嫌な気分にさせた?」後方から佐久間の声がした。声の大きさからして、佐久間は近付いて来てはいないようだった。こういうときに、安易に近寄らず距離を取るのが佐久間という人だった。

「いや、そういうことはないですけど、ちょっと混乱しちゃって」

 川の下手の方から、子どもたちの声が聞こえてきた。佐久間からの連絡を受けて、谷と子どもたちが戻ってきたのだろう。

「まあ、ちょっと考えておいて」そう言うと、佐久間はたき火に視線を戻した。たき火は火を放ち、パチパチと音を立てながら周囲の温度を高めていった。


 それから滞りなくバーベキューは進んだが、信哉は求婚と失恋を同時に経験し、終始上の空だった。

 帰路、信哉が運転し、谷が助手席に、佐久間と子どもたちは後ろに座っていた。後部座席の三人は、車に乗り込むとすぐ寝始めて、まったく起きる気配がなかった。

「後ろ、よく寝てんなあ」谷がつぶやいた。そう言う谷も高速道路に乗ってすぐに寝息を立てていたはずだったが、いつの間にか起きていた。

「凛ちゃん、起きたんですね」

「え、ウチ、寝てました?」凛子は寝ていた自覚がないようだった。眠りが浅かったのだろうか。

「ええ、スースー寝息立ててましたよ」

「聞かないでくださいよ、恥ずかしい」

 眠気を覚ましたいのか、凛子はメントールの強いガムを口に放り込んだ。

「ていうか、ウチにたまに敬語使いますけど、そういうのいいですよ。ウチ年下ですし。上司の子どもだからって思うのかもしれないですけど、別にパパもそういうのは気にしないですから」

 確かに、谷とは親子ほどとまではいかないが、一回り以上歳が離れていた。

「そう言われても、なかなか難しいな」信哉は苦笑した。

「じゃあ、ウチ、タメ口でいいですか? あ、タメ口でいい?」谷が聞いてきた。「だって近いうち、信哉さんウチのパパになるんでしょ?」

「えっ」

 信哉は驚きのあまり、危うくハンドルを変な方向に切りそうになった。谷から家族になる件を聞かされたことと、自分が大事故を起こしそうになったこととで、心臓が口から飛び出しそうだった。落ち着けと何回も頭の中で唱え、深呼吸を繰り返した。

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