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川田はオープンリーゲイで、結婚を前提に付き合っているパートナーがいることを矢島は随分前から知っていた。しかし、一緒に働いていたときにはお互い仕事ばかりで、特段セクシュアリティやパートナーについて話をしたこともなかった。そのため、ゲイ当事者として川田が東京レインボープライドに慣れた様子であちこちを案内してくれるのも、川田の新しい一面を見るようで何だか新鮮だった。
ホットドッグを食べ終えゴミを小さくまとめながら、川田に尋ねた。
「川田くん的には、ポリアモリー法ってどうなの?」
「うーん……まあいいんじゃない?」そう言う川田は、明らかに不服そうな顔をしていた。
「納得いってなさそうな返事だけど」
「あまり『家族ってのはこういうものです』って決めつけるのはしんどいじゃん。結婚ってのは男女がするものです、とかさ。そういう価値観が変わったから、俺も今当たり前にパートナーとの結婚を考えられるわけだし。その点ではいいと思うんだけど」
「うん」
「でも、ポリアモリーそのものは、頭では分かっても、一生共感はできないだろうなと思う」川田はレインボーフラッグを左手で持ち、右手で旗の端をずっと弄っていた。
「どうして?」
「何年か前に付き合った相手が、俺以外にも何人か関係をもってることが分かって」
「ありゃ。それ、浮気ってこと?」
「そうだね、相手は俺にも他の人にもその関係の同意を得てなかったから、浮気だね」川田は青汁でも飲んだような、苦々しい表情を浮かべた。当時のことを思い出して、相手への不満を思い出したのだろう。「そのときの相手の言い訳が『実はポリアモリーなんだ』だったんだよね」
「それ、本当にただの言い訳じゃん。最悪」
「そう。だからそいつはポリアモリーを言い訳に使ったただのクズで、ポリアモリーの風上にも置けないんだけどさ。でも、それ以来『ポリアモリー』って言葉がなんかトラウマになっちゃって」
「なるほど」
「ポリアモリーそのものは分かるし、そういう関係を作る人たちを変とも思わないけど……要するに、個人的に引っかかる経験があるってだけ」
川田は、木々の合間から見える空を眺めていた。風が午前より強くなっていて、沿道の人々の持つ旗や段幕が激しく揺れていた。
「確かに、それはトラウマになるね」
「そういう矢島は?」
そう問われて、自分はどうなんだろうと考えた。正直、去年は自分がフリーランスになるかどうかで頭がいっぱいで、本来ならアンテナを立てておくべき世間の話題すらあまり頭に入ってこなかった。
楽しそうにパレードの待機列に並ぶ参加者たちをしばらく眺めてから「反対派ではないけど、私もよく分かんない」と小さく笑って返事をした。
矢島たちのフロートの出番はまだしばらく先だった。一旦川田と別れ、そのまましばらくパレードの開始を待って行列をなしている人々を少し遠くから見て回ることにした。
どこまでが一つのグループかも分からないほどの大きなフロートは、セクシュアリティがフリーなところが多く、老若男女、様々な人が参加していた。ドラァグクイーンだらけのゲイのフロートは、その人数は決して多くなくても、道行く人の目を引いた。何より、肩から羽が生えていたり、スカートがほぼ地面と平行に広がっていたりして、衣装そのものが大きく派手だった。トランスジェンダーのフロートには、女性よりも小柄な男性が多かった。レズビアンのフロートは、ゲイのそれに比べると全然数が少なく、今年のパレード参加者が増えたと言われているのに片手で数える程度しかなかった。バイセクシュアルのフロートは、レズビアンよりもさらに少なかった。その他にも、アセクシュアルなどのLGBT以外のセクシュアリティのフロートもいくつか待機していた。