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「なんか矢島さんのお話聞いてたらアセクっぽいなあって思って。てっきりそうだと思ったんですけど、知らなかったんですね」陽菜は拍子抜けしたような顔を浮かべた。「あ、にんにくください、いったんしょうがと塩と合わせて炒るんで。その後、冷蔵庫からカレー出してもらえますか? 小さめの鍋に入ってます」

「へえ、わざわざ別で一回炒めるんですね。隠し味ですか?」不勉強なのがこれ以上バレるとよくないと思った矢島は料理の方に話題を変えた。にんにくを切ったまな板を陽菜に渡し、冷蔵庫で小さい鍋を探しながら尋ねた。

「そうです、主婦歴ももう十年以上ですからね。この家の人たちは舌が肥えてる人が多いから、満足させるのが大変なんですよ。結衣さんはツアーで、信哉さんは出張で日本中や海外を飛び回っていろんな料理食べてるし、茂さんも独身時代は基本外食で、あまり服装にお金を掛けない分おいしいもの食べてたみたいで」陽菜は幸せそうに苦笑ながら木べらで調味料を炒った。「それで、ここだけの話にしてほしいんですけど、実は茂さんもアセクらしいんですよ。それで私も初めてアセクってのを知ったんです」

「茂さんが?」話を戻されたのに少し戸惑ったが、確かにあの人からは何も感じなかったなと頭の隅で矢島は考えていた。

「前の奥さんとの離婚原因もそれが一つの原因らしいです。奥さんが凛ちゃんを出産してからも一度もしなかったそうです。ヴァキナが怖いらしくて」

「ああ、分かりますそれ。自分じゃよく見えないからあれですけど、結構グロテスクですよね。その上、月一で出血するっていうんだから」

「その感覚なら、茂さんとも気が合うかもしれませんね」陽菜が微笑んだ。「今は何人とでも結婚できますしね。一人くらいなら、家族が増えるなら私は大歓迎ですよ」

「それはちょっと考えておきます」矢島は冗談を軽く流した。「でもまあ、茂さんとはいつかちゃんとお話ししたいですね、インタビューとして」

「茂さん、よく分かんないけど今日はガード堅かったですからねえ。いつもはいい人なんですけどね」


 昼食を終えて巨大な食洗機に食器をセットしたところで「では、本日はそろそろ失礼しますね」と矢島は鞄を手に取った。

「じゃあ駅まで送りますよ」佐久間も一緒に席を立った。

「え、もう帰るの?」駿一が呼び止めた。矢島はまさか駿一に呼び止められるとは思わず「ええ、もう何時間も滞在してますし」と返した。

「ゲームの相手してほしい」駿一がコントローラーを矢島に差し出した。

「ほら、矢島さん忙しいんだから」佐久間がそのコントローラーを取り上げ、床に置いた。

「でも今日パパ休日出勤だし、もしかしたらゲームしてるうちに帰ってくるかも」

「今日は正式なインタビューじゃないんだから、信哉くんに会わなくたっていいんだよ」冷たい声で佐久間が応えた。また、東京レインボープライドで聞いたときのものと同じだった。

「お父さん、なんでそんなさっきからそんなにキ当たりツいの? どうしたの?」

「それは正直私も思ってました」陽菜も声を上げた。「今日なんだか朝からピリピリしてたし」

「別にいつも通りでしょう」ため息交じりに答える佐久間の声は、普段一緒にいるわけではない矢島から見ても、不満を帯びているのは明らかだった。「今日のところはとりあえず帰ってもらうから」

「送ってもらわなくて大丈夫ですよ、タクシー乗りますんで」こんなに自分のことを快く思っていない人の運転する車には乗れないと思い、さっと荷物をまとめて矢島は家を後にした。


 帰宅してからメールを確認していると、少し前に結衣からメールが届いていた。

『こんにちは。

 今日は遠い中お越しいただいてありがとうございました。また、茂さんが失礼な態度を取ってすみません。家族としてお詫びします。

 実は、茂さんは以前にも同じような内容で別のライターからインタビューを受けたことがあります。そのときにも、陽菜と茂さんがパートナーシップを結ぶに当たって、性的関係を含めた恋愛的なステップを踏んでいないという話をしたときに、ライターから「三大欲求の一つが欠けている」などと言われたと、信哉さんから聞きました。

 これはあくまでも私の推測ですが、今回も同じところで矢島さんが引っかかっていたので、もしかして前のライターとも同じように思われたのかもと茂さんが感じて、それが気にくわなかったのかもしれません。なお、そのライターは記事にするのをその後断ったようなので、その記事は出回っていません。

 私も、確かにその件は遺憾ですが、矢島さんからはそのような印象を感じませんでした。質問はかなり率直でしたが、一方でちゃんと相手を尊重する方だと思いました。陽菜も同じように言っていました。

 今回茂さんが矢島さんを家に呼んだのは、ホームで有利に進めたいということと、家族を含めてどういう風に接するかを観察して見極めたかったのだと思います。私個人としては、取材いただいて問題ないと思っています。

 最後に一つだけ、私が矢島さんにメールしたことは陽菜以外には話していないので、特に茂さんにはくれぐれも内密にお願いします。

 道鬼結衣』

 結衣と陽菜にはよい印象を残せたようだと安堵した。

 よし、もう後一押しだ、と自分を奮い立たせて、矢島はキーボードを叩き出した。

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