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「条件は絶対守るからって陽菜が根気よく説得してくるし、茂さんも何だかんだいい人で、蓮も『キャッチボールの相手が欲しかった』とか言い出して、根負けですね。でも、今は本当に家族としてみんな尊敬してますし、後悔はしてません。もう、蓮と陽菜だけを残して家をしばらく空けないといけないってこともないし。それが一番よかったですね」説明する結衣の表情はさっぱりしていた。

「そうなんですね……」矢島は、この家の人々が今の状態に至った過程を聞いて、案外みんな「普通」なのだと感じていた。

「そもそも」佐久間が切り出した。「前妻と離婚したあとに、僕がこの家を買って、改築したんです」

「それはまた何で?」矢島はペンを持ち直した。

「元々は、パートナーシップまで行かなくても、緩い関係性を築きつつ一緒に生活する、まあシェアハウスみたいのやりたいなって思ってて。それでこの家が、まあまあ古かった分安く売りに出てたから。それより前は都心で暮らしてたんだけど、転職して原則在宅勤務でよくなったし思い切って買って、リノベーションした後に、まず信哉くんっていうパートナーと暮らすことにして。その後にネットで陽菜さんと知り合ったんです。せっかくこんなに気が合うなら、シェアハウスってより家族になってもいいんじゃないって思って。僕は絶望的に家事できないんだけど、陽菜さんめちゃくちゃ得意だから」

「いやあ、それほどでもー」わざとらしく陽菜が頭を掻く仕草をした。「家族が多い分家事も多いので、今私はこの家で唯一の専業主婦です。主婦っていうより寮母さんっぽいけど」

「ううん、この家が平和なのは陽菜のおかげだから」結衣が陽菜の手に手を重ねた。

「道鬼の方はそんな感じだね。で、僕のもう一人のパートナーが、さっき言ってた休日出勤中の社畜、江口信哉くん」佐久間がもう自分のコーヒーが残っていないのを確認していると、陽菜が察して「淹れてきますね」とマグカップを受け取った。

「信哉くんは僕の前職の部下で、ずっとその職場、商社なんだけど、で、今日も働いてます。前のパートナーさんと結婚して子どもが二人いて、離婚して信哉くんが子どもを引き取ることになったんだけど、商社はまだまだ男社会でね。それで僕は嫌になって辞めたんだけど。駿ってその頃のこと覚えてんの?」佐久間が駿一に話を振った。

「俺そのとき五歳でしょ? もっとビルだらけで全然公園がないところに住んでたのは覚えてる。つまんなかったから。こっちの公園の方がいっぱいあって広いし、ブランコもあったから、こっちの方がいいってパパに言ったのも覚えてる」

「そうなんだ。あともう一人は駿の年子の姉で……昨日から友達の家に泊まってますね」

「友達なんだかなんだか」結衣が呆れたように言った。「ぶっちゃけ、ちょっとグレ始めてて、みんな手が付けられないんですよね。反抗期真っ最中で。駿ちゃんとは反対ですね」

「……あまり亜紀を責めないで」小さな声で駿一がつぶやいた。

「ごめんごめん」心のこもっていなさそうな声で結衣が応えた。

「で、まあ信哉くんたちが引っ越してきたのが、もう六年くらい前か」

「パパよりお父さんと一緒にいる時間の方が多いし」駿一が口を挟んだ。どうやら血のつながった父は「パパ」と呼び、佐久間のことは「お父さん」と呼び分けているようだ。

「だね」佐久間も笑って応えていた。「結婚した方が、二人のチビとの保護者面談とか色々スムーズだったんでね」

「てことは、江口さんとも、恋愛というよりは生活のために結婚を? しかも同性で? ちなみに、差し支えなければお聞きしたいのですが、佐久間さんの性的指向は何なんですか」思わず訝し気に質問してしまった、と口に出してから矢口は思った。

「特にそういうのは決まってないというか。まあバイセクシュアルになるのかな。ところで、お昼食べていきません?」佐久間は突然立ち上がり、話を切り変えた。

「え?」

「もう正直話すことないし、取材でもないのにあれこれ話す義理もないし。一応ウチの家族構成知らないと色々ややこしいから話しただけで」

「ああ……」佐久間は、お昼はごちそうしてくれるものの体よく厄介払いしたい様子だった。

「え、私もびっくりですよ、茂さん」陽菜が不安の混じった声を上げた。「今日のお昼は昨日のカレーの残りをアレンジするつもりだったんですけど」

「カレーなら直接口つけてないから、ちょうどいいんじゃない?」

「人様に残り物出すなんて、私が恥ずかしい」

「そんなに恥ずかしいなら、残りを使うこと黙っておけばよかったのに」飄々と佐久間は返答し続けた。

「そういう問題じゃないの、私の問題なんだから」

「はい、茂さんはいきなりそういうことを言い出さない」手を叩きながら結衣が間に入った。「陽菜も、お昼はカレーのアレンジで十分大丈夫だから。まあそういう問題じゃないのは分かってるけど」この家の仲裁役は主に結衣が担っているようだ。

「で、矢島さん、どうされます? 食べていきます? まあどの料理だって陽菜のはおいしいですけど」

 なんだかんだで結衣も陽菜のことについてはマウントを取りがちだなと圧を感じながら、矢島は「じゃあ、お言葉に甘えて。本当、何でも大丈夫ですので」と応えた。

「決まりだね」佐久間が腰を上げた。「ちょっと外の空気吸ってくる。この部屋酸素足りないから」

「あ、あの、何でもいいので手伝わせてください」素の話を聞き出そうと、矢島は陽菜に声を掛けた。

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