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 結衣と陽菜と蓮の三人は、袖ケ浦駅南口のロータリーに立っていた。

 陽菜が佐久間の家で働くようになってから一年ほど経とうとしていた。結衣は昨年以来一度も佐久間の家には行っていなかった。陽菜によれば見違えるほどきれいになったということだった。

 見覚えのあるシルバーのワゴン車が三人の前につけた。助手席のドアが開くと、知らない男性と男子の顔が見えた。

「こんにちはー。駿ちゃんは先週振り。信哉さん、今日はお休みなんですか?」陽菜が親しげに二人に話しかけた。あの家にすっかり溶け込んでいる様子の陽菜は、まるで結衣の知らない顔だった。

「こんにちは!」駿ちゃんと呼ばれた少年が手を上げた。

「こんにちは。今日は皆さんが来るって聞いてたから、休みを死守しました」信哉という男性が力なく笑った。目の下には濃い隈がくっきり入っていた。佐久間のパートナーが働き詰めということはどうやら本当らしい。

「本当に休むのも大変なんですねー。ちゃんと寝てますか?」陽菜は慣れた手つきで後部座席のドアを開けた。

 陽菜が結衣と蓮がいるのを忘れているかのようだったので、しびれを切らして自ら挨拶した。

「こんにちは、はじめまして。道鬼結衣と申します。こちらは息子の蓮です」

「うっす、道鬼蓮っす」

「こら、うっすとか言わない。ここ、野球部じゃないんだから」陽菜が蓮をたしなめた。何となく陽菜の方が母親らしく見えるなと結衣は思った。

「ごめんなさい、なんかお二人の顔見たらいつものお仕事の調子になっちゃって、二人を紹介するの忘れてた」

「いえいえ、じゃ、行きましょうか」


 一行はスーパーに立ち寄って大量に食材を買い込んだ後、家に着いた。

 久しぶりに見る玄関は、靴が片手で数えるほどしか出ておらず、靴箱のドアも閉まっていた。廊下にもものは落ちていない。

 リビングに入ると、以前何もなかったところに大きなL字型のソファが置かれていた。ダイニングテーブルの上にも、醤油と塩以外にはものがなく、アイボリーのシンプルなテーブルクロスが掛かっていた。奥のキッチンも以前見たときより調理器具や調味料が整理整頓されていて、料理しやすそうになっていた。

「どう、きれいになったでしょう」冷蔵庫に食材を仕舞いながら、陽菜が結衣に話しかけた。

「だね、これ陽菜がやったんだ?」

「そう。時間はかかりましたけど。でも、家事をするのは私だし、色々勝手にやらせてもらえたから楽しかった。途中からはインテリアコーディネーターになった気分で」

 そういえば、陽菜が佐久間の家で働くようになって一ヶ月ほど経った頃、陽菜がインテリアの本や通販カタログをよく読んでいたことを思い出していた。

 リビングの大きな窓を外から佐久間が開けた。外から炭火の匂いが入ってきた。

「いらっしゃい。早速だけど、お肉焼きましょう」

「はいはい」陽菜が大きな焼き肉用カルビ肉のパックを開けた。牛肉を食べるのはいつ振りだろう。

「はいどうぞー」陽菜が窓から佐久間に肉のパックと菜箸を差し出した。

「ありがとう。ちょうど菜箸ももらおうと思ってたところだったんですよ」

「でしょう、食洗機にたくさん入ってましたから、欲しいところだろうなと思っていたんですよ」

 陽菜と佐久間が和やかに話す姿をキッチンから眺めていると、傍から見たら夫婦にしか見えなかった。気付かぬうちに少し涙ぐんでいた。

「結衣さあん、タレばかりだとあれだから、塩味のも焼いちゃいたいんだって。豚トロが冷蔵庫に入ってるはずなんだけど、見てもらえます?」

「ああ、うん」顔を見られまいと、冷蔵庫の中の豚トロを探す振りをして、目尻を拭った。


 締めの焼きそばまで食べ終えると、子どもたちは居間でゲームを始めた。蓮は野球ばかりで久しくゲームをしていなかったはずなので、あまり操作に慣れていない様子だったが、年下の子どもたちとじゃれる後ろ姿はどことなく楽しそうだった。

 大人たちでバーベキューの器具の片付けをしていると、佐久間が結衣に近付いてきた。

「今日はありがとうございました」佐久間が会釈した。

「こちらこそ」結衣も会釈し返した。

「どうでしたか」

「あまり三人でアウトドアしたことなかったんですよ。だから蓮がすごく楽しそうで」

「そうですか、ならよかった。実は、この家ではもう何回もしてるんですよ、バーベキュー。陽菜さんにも何度も手伝ってもらってます。もちろん食べながら」

「ええ、たまに陽菜が帰ってくるといい匂いがしてたので、何となくそうかなとは思ってました。その日は陽菜、まかないでお腹いっぱいだからってあまり夕食食べないんです」

「まかないか。そうですよね」佐久間が笑った。「今日お招きした理由は何となく分かってると思いますけど、皆さんがこの家で一緒に暮らせば、またいつでも一緒にバーベキューできますよ。どうですか?」

 結衣はどう返答すればいいか分からず、黙った。

 陽菜がそれまで勤めていたパートを退職して佐久間の家で働き出して、佐久間の家も変わっただろうが、道鬼家も変わった。陽菜の稼ぎが増え、暮らしぶりに少しずつ余裕ができた。片付けが一通り済んだタイミングでボーナスももらった。佐久間の家で余分に作ったおかずを、陽菜が佐久間の許可を得て持ち帰って、道鬼の食卓でもおなじおかずが出ることもあった。

 蓮には、この日を迎えるにあたって、事前に陽菜と一緒に佐久間たちとの経緯を話した。どういう反応をするか不安だったが「ちょうどキャッチボールの相手が欲しかった。その家なら俺の相手をしてくれる人が何人もいるでしょう」と、結衣が思っていたよりも陽菜が佐久間と事実婚するのに前向きだった。

 佐久間の家に引っ越すのに反対なのは、自分だけなのか。そもそも、自分は反対しているのか。

「蓮くん、次の春で中学生ですよね。そのタイミングで越してくるのはどうです?」佐久間がさらに結衣にプッシュしてきた。

「蓮が、もし引っ越すならそのタイミングがいいって、ちょうど同じことを昨日言ってましたよ」ため息交じりに返した。

「それって、オーケーってことですか」

「私と蓮は江口さんたちとは今日初対面なので、あの方たちとちゃんと話したい。それで、最終決定とさせてください」結衣は佐久間の目を見つめて、言った。

「そうですよね」佐久間の目は明らかに嬉しそうだった。使い終わった炭を持つ両手を上げたり下げたりしていた。「僕から信哉くんにも言っておきます」

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