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 出された緑茶を飲んで、結衣はハッとした。何を呑気に懐かしいゲーム機の話なんかしているのか。相手のペースに飲まれているではないか。のこのこと相手の家に来たことを少し後悔した。

 佐久間も同じカップに同じ緑茶を手に持ち、はす向かいに座った。

「早速ですが、最初に伝えたいことがありまして」

「何ですか」結衣のカップを持つ手に力が入った。血が上ってカップを割ってしまうのではないかと、頭の隅で考えていた。

「陽菜さんは尊敬していますけど、恋愛的には好きではありません。今後そういうことをする気もありません。多分、陽菜さんも同じです」

「どういうことですか」

「文字通りですよ。家族として一緒に暮らすのに、パートナーへの恋愛感情は必ずしも必要ではないでしょう。必要なのは、互いを尊敬して、思いやって、支え合うこと」

 結衣は黙って佐久間を見つめた。

「そもそも、僕、あまり誰かを恋愛対象として好きになったことないんですよね。あまりっていうか、全然ない」

「一度も、ですか」

「思い返しても、記憶がないんですよね。前妻との間に子どももいますけどね。もう社会人ですが」

「前のパートナーの方とも恋愛しなかったんですか」

「前妻は、大学のサークルの同期でね。デートとか、一応それっぽいことはしましたよ。子どもを授かるためのことも。でも、僕がそういうの苦手で、二回しかしなかった。結婚を決めた日と、結婚した日だけ。でも、前妻にはそれが不満で、離婚したんです。そういうことなんで、その点はご安心いただけるかと」

 結衣は佐久間から視線を外すと、しばらく黙ってグラスの中を見つめた。佐久間にそう言われると、自分が陽菜や佐久間に対して、何をそんなに怒っていたのか分からなくなり、怒りの対象を見失っていた。いや、最初からそんなものはなかったのかもしれない。

「それは分かりましたけど」一旦そこまで言い切ってから少し黙って、再び口を開いた。「私たちの金銭面を気にしたのは、同情ですよね。それが私には受け入れられない」

「同情と言ってしまえば、そうかもしれません」佐久間は一口緑茶を飲んだ。飲み物を飲むペースが早い。「はっきり言って、家事を除けば僕たちの家は余裕がある。僕は会社員だけど、ほとんど在宅勤務だから家にいる時間が長くて、子どもたちと遊んだりできる。今のパートナーは仕事が忙しくて家にいる時間があまりない分、稼ぎは僕よりもいい。そして僕たちは男だ。残念だけど、あなたたちよりは稼ぎやすい」

「それが嫌なんですよ」

「ですよね。僕たちも本当に残念だと思っています。でも直接金銭的支援をするのもあなたたちのプライドを傷つけるだろうし、別に僕たちは行政機関でもない。だから、最初は陽菜さんに仕事をしてもらう。実際、家事を代行していただいたら助かるってのは、この家を見ていただければ分かるでしょう」

 結衣はまた黙った。実際、家の中は子どもが健全に育つような状態ではなかった。

「家族になるってのは重大な決断ですから、あなたたちが、陽菜さんがお仕事をするっていう関係性を維持されたいのであれば、それでいいとも思ってます。それに、ポリアモリーの関係を法的には築けないから、もし同意いただいたとしても、どのみち事実婚ということになる」

 佐久間が立ち上がり、テレビ横に雑然と積まれた書類の山からファイルを手に取って、結衣の前に差し出した。

「これ、雇用契約の書類、作ってみたんです。よく考えて読んで、よかったら陽菜さんに署名してもらってください。返送はスキャンでいいですから」


 蓮が早々に寝静まった後、結衣が鞄からファイルを取り出し、テレビを見ながら洗濯物をたたんでいる陽菜の前に差し出した。

「ごめん、実は昼間、自主練じゃなくて、佐久間さんの家に行ってた」

「そう」陽菜は結衣の方を向かずに作業を続けた。

「え、何その反応」

「何となく分かってましたから。だって自主練だったらメイクしないでしょう。だから誰かに会いに行ってたんだろうなとは思ってました」

「そこまで分かってたら何で咎めたりしなかったの? 浮気かもとか考えなかったの?」

「それはないですねえ。浮気は結婚してからちゃんとしなくなったし」

 結衣は昔から陽菜の行動に過干渉気味だった。一方で、結婚前までは自分の性生活には奔放なとこがあり、時々新宿のレズビアンバーに繰り出しては朝帰りしたり、仕事だとウソをついては別の女性と会ったりしていた。それが原因で別れる寸前まで行ったことも何回かあったため、結婚すると決めてからは、結衣は生活を改めていた。

「で、その書類は何ですか」

「佐久間さんが作った、陽菜の雇用契約書」

「働くのはひとまずいいんですか」

「陽菜が佐久間さんの住む家に頻繁に出向くってのはちょっとモヤモヤするけど、もう一回話してみて、そんなに悪い人じゃないってのは分かった。あと、家の環境は最悪だったから、すぐにでもきれいにしないといけないってのは確か」

「え、そんなに?」陽菜が興味深そうに結衣の顔を見た。少し嬉しそうですらあった。

「玄関ぐっちゃぐちゃよ。廊下もいろんなもの散乱してた」

「それはやり甲斐ありそう」陽菜は結衣から書類を受け取り、条件面の所に目を通した。「そんなに汚いのを整理してきれいにするなら、ボーナス欲しいなあ」

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