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 結衣と陽菜は、それから数日間口を聞かなかった。蓮は翌日、友人宅から帰宅した後に険悪な雰囲気の二人を見て「今度は何があったんだよ」と一回だけ口にしたが、それ以上は触れようとせずに静かに過ごしていた。蓮は昔からよく空気を読む子だった。ポリアモリーというものを理解できないとはいえ、子どもにまで悪影響を及ぼすのはよくない、とにかく一回陽菜と話したいとは思っていたが、自分が怒った手前、切り出しづらかった。

 気晴らしを兼ねて、次に参加する予定の音源収録用の譜面と楽器を持って、近場のスタジオに出掛けた。黙々と個人練習をしていると、メールが来た。登録していないアドレスからだった。

『こんにちは。佐久間です。突然の連絡を失礼します。このメールアドレスは陽菜さんから教えてもらいました。

 この前はすみませんでした。でも、もう一回話し合わせてもらえませんか。できれば、今度はあなたと私だけで。

 大切なパートナーを思う気持ちは、僕も分かっているつもりです。でもきっと、僕たちは僕たちが思っているよりうまく家族としてやっていけると確信しています。

 ご連絡をお待ちしています。 佐久間』

 せっかくいつになく集中して練習できていたのに、嫌な名前を見てしまった。だが、この人と話を片付けない限り、陽菜とも元に戻れない気がした。

 結衣は、返信を打ち始めた。


 翌々日の正午、結衣はトランペットを背負い、袖ヶ浦駅南口のロータリーに降り立っていた。陽菜には、来月からサポートとして参加する新たなライブツアーの打ち合わせに行くと伝えておいた。

 数分待つと、シルバーのワゴン車が結衣の前に停まり、助手席のドアが開いた。

「こんにちは。わざわざ出向いていただいてありがとうございます」佐久間が運転席から挨拶した。

「いえ」

「あんなに警戒していたのに、僕だけが乗っている車に乗られるんですか」

「いざとなったら、私大学のサークルで合気道やってたんで、ボッコボコにしますよ」

「さすが、お強いんですね」

 後部座席のドアが自動で開いた。結衣は、覚悟して乗り込んだ。

 十分ほど車に揺られていると「着きました」と佐久間がサイドブレーキをかけて、車を敷地内に停めた。「ここが我が家です」

 結衣は車を降りて、家の外観を眺めた。築年数は、二十年以上は軽く経っていそうだが、三、四戸ほどのアパートと同じくらいの大きさの、大きめの一軒家だった。車を一台停めてもちょっとしたガーデニングができそうなほどの庭もあったが、実際には砂利が敷かれているだけで殺風景だった。軒先には洗濯物が干されている。Tシャツの皺伸ばしが雑だった。

 結衣が家を見ている間に、佐久間が玄関の鍵を開けていた。

「どうぞ」

「お邪魔しま……」

 玄関を見た結衣は、途中で声を失った。

 三和土は脱ぎ散らかした靴で溢れ返っており、下がほとんど見えなかった。靴箱にも、靴やアウトドア用品が乱雑に刺すように放り込まれている。陽菜から聞いていた話だと四人家族のはずだが、その倍の人数が住んでいるのではないかと思うくらいの靴の数だった。

 その先に続く廊下にも、脱ぎっぱなしの靴下や、使い捨てマスク、サッカーボール、なぜかパソコンのマウスまで、色々なものが散乱していた。奥に見える本棚だけ、別の世界のようにきちんと整理されていた。

「すみませんね、散らかってて」

「はあ」否定する気にもならなかった。

 リビングに案内されると、佐久間はブルドーザーの要領でダイニングテーブルの上のゴミを床に落とし、足で隅に追いやった。キッチンに置いてある干からびた雑巾のような布巾を水滴でかすかに塗らし、雑にテーブルの上を何往復かさせると、「こちらにどうぞ」と結衣を上座に案内した。

 リビングは二十畳近くあるように見えたが、大きな家具はダイニングテーブルとテレビくらいしかない。カーペットも敷かれていないため、散らかり具合より何もない空間の方が目立った。

 テレビの前に据え置きのゲーム機が二種類置かれており、ぐちゃぐちゃの配線の上にゲームソフトが乱雑に積まれていた。ゲーム機の一つは、結衣も映像でしか見たことのないような年代物だった。

「このゲーム機、実際のものは初めて見ました」

「ああ、ロクヨンですか? 僕がかなり小さい頃に流行ったんですよ。でも、それは本当のロクヨンじゃなくて、復刻版ですけどね」

「なら、無線で繋げられるんじゃないんですか」

「ええ、そうなんですけど、どうにも僕には無線でつなぐとラグがあるように感じられてね」

「そうですか?」

「やっぱり、据え置きは有線で繋ぎたいんですよね。配線も適当なくせしてね。まあ、ラグなんて本当は人間が感じられないくらいほとんどなんでしょうけど」佐久間が結衣に温かい緑茶を差し出した。「よかったらどうぞ。ちゃんとカップは食洗機で洗ってるんで、安心してください」

 渡された緑茶は、温かいと言うよりぐつぐつと湯気が立ち上っていて、そのまま飲むと火傷しそうだった。陽菜だったら絶対に緑茶を熱湯では煮出さない。

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