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店は全席個室の仕様だった。周りの声も少し聞こえるが、扉を閉めると外からは見えない造りになっている。佐久間、道鬼で向かい合うように着席した。結衣は、改めて同行してよかったと思っていた。個室で男女二人きりなど、陽菜が何をされるか分からない。
結衣も陽菜も食物アレルギーも好き嫌いもないと佐久間に伝えると、おでんの具をおまかせで注文した。大根やちくわ、白滝などの定番メニューが、熱々の状態でタイミングよくテーブルに運ばれてきた。
「あったまる~。それにすごいお出汁が染みてて」左手で頬を押さえながら陽菜はおでんを絶賛していた。「でも出汁に何を使ってるのか、いろんなのが混ざって深くてあまり分かんないかも。これは家じゃ再現できない、お店の味ですね。ねえ、結衣さん」
「そうかもね。でも私、陽菜がさっむい日に作ってくれるおでん好きだけどね。翌日の、さらに出汁に浸かってる大根とか、大好き」
「それもおいしそうですねえ」佐久間が二人を眺めて言った。「陽菜さんは結構料理お好きなんですよね」
「そうですね。結衣さんと結婚して、私が主に家事をして結衣さんが外で働くってことに決めてから、自ずと料理する機会が増えたんです。今は蓮がどんどん食べるようになってきているので、どんだけおかず用意してもすぐなくなっちゃって、献立考えるのが大変になってきました」
「野球部でしたっけ? きっと、これからもっと食べる量増えると思いますよ。信じられないくらいに」
新しいおでんがウェイターから運ばれてきたのでそれを受け取ると、佐久間が話を切り出した。
「ところで、何で家事や仕事を半々じゃなくて、陽菜さんが家事中心、結衣さんが仕事中心って分けたんですか」
「私は、仕事はまあまあ好きでしたけど、あまり外でバリバリ働きたいタイプじゃなかったんで。昇進したいとか、部下をもちたいとか思わなかったし。結衣さんは結婚した頃、トランペット奏者として独立してまだ日も浅かったし、キャリア的にもこれからってときだったんです。だから、結衣さんを応援したいと思った」
「でも確か、蓮くんは結衣さんが出産されたんですよね」
「ええ」結衣が答えた。そこまで知っているのか、とは内心佐久間を疎ましく感じた。「体外受精の場合、どちらの方が妊娠しやすそうか検査したら、陽菜はあまり結果がよくなくて。私は結構確率高そうだったから、出産の役目は私が引き取りました。でもすぐ仕事に復帰しなきゃいけなかったから、産後三ヶ月で仕事に戻りましたけどね。かなりつらかったですけど」
「そもそも、子どもを育てたいって思ったのは?」
「それは私の願望です」陽菜が話し始めた。「同性婚が法制化されたのが、私が大学卒業する頃だったんですよ。それより前にも同性カップルで子どもを育てる人もいましたけど、これでちゃんと子どもの親として同性のカップルが登録できるって。正直、同性婚は日本じゃ無理なのかなって、結衣さんと付き合いだした頃は諦めてたので。でも、同性婚ができるなら絶対子ども欲しいって思ったんですよね」
「ところで、随分と色々質問されますね」お茶をすすりながら、結衣は佐久間に鋭い視線を送った。自分を置いて話がどんどん進むのも、自分たちの関係を根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だった。
「ちょっと、結衣さん」陽菜が結衣の肩を叩いた。「ごめんなさい、結衣さん今日かなり緊張してて」
「こちらこそ、ずけずけとすみません。やっとお会いできましたし、結衣さんもいらっしゃるから、つい」
「家族になる前提で、陽菜にお宅で家事やってほしいって、どういうことですか。正直に申し上げて、認める気はありません」結衣はゆっくり大きな声で言った。
「結衣さん」
話を遮ろうとする陽菜を制止して佐久間が「まず、僕の家が今ちゃんと回っていなくて家事が子ども頼りになってしまっているのと、ポリアモリーって概念はご存じですかね」と訊いた。
「ええ。佐久間さんが家事できないとか」人生で一番攻撃的になっているのが自分でもよく分かる。
「恥ずかしながら、料理は生焼けだったり焦がしたり、掃除も嫌いで」
「失礼ですけど、男性だから苦手なのは仕方ないとか、女性だから得意だとか思ってません? お子さんに甘えてるだけじゃないですか?」
「いや、これは単に僕が致命的に苦手なだけで」あくまで佐久間はこちらの喧嘩に乗ってくる気はないようだった。
「お宅の努力不足なんじゃないですか?」
「まあ、そうかもしれないですけど。同時並行で物事を効率的に進めるのが苦手なようで」
「だからそれが」
「結衣さん」陽菜が結衣の腕を優しく掴んだ。「初めて会った人に、あまり責め立てるのはやめてください」




