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二〇五一年四月下旬、代々木公園。前日まで何日かぐずついた天気が続いていたが、一転して雲一つない快晴となった。
この日の東京レインボープライド二日目のパレードは、例年にも増して盛り上がりを見せていた。関係者の話によると、パレード参加者数も、当日の飛び入り参加者も合わせれば前年比二五パーセント増にも及ぶかもしれないとのことだった。
矢島琴は、今回初めて東京レインボープライドに足を運んだ。会場に足を踏み入れてからというもの、熱気と普段見かけない光景の連続に、圧倒され続けていた。明らかに、普段町中にいるときより、手をつなぐ同性カップルが多かった。男性なのか女性なのか判断が付かない外見をした人も、両手では収まらないほどの数を見かけていた。つい、ドラァグクイーンや露出の多いゲイなど派手な人々に目が行ってしまう。
今日はよく晴れて空気は乾いているはずなのに、慣れない場所に来たせいか、矢島の背中はじっとり汗ばんでいた。しかし、不思議と不快感はなく、天気も相まってむしろ清々しい気分だった。
新卒で入社してから八年、矢島は出版社で雑誌の記者として雑誌やウェブに掲載する記事の執筆をしていたが、より自由に取材したいという思いから昨年末に思い切って退職してフリーランスの記者になった。しかし、退職してから数ヶ月もすると、どのような記事を書けばよいのか、そもそも何のために退職までしたのか分からなくなり、スランプに陥っていた。貯金も半減して焦っていた折、以前の勤め先の同期である川田勉に「何かのきっかけになるかも」と声を掛けられ、川田が当事者として参加しているゲイコミュニティのフロートで渋谷周辺を練り歩くことにしたのだった。
右手に持った、虹色のケチャップ味のソースがかかったホットドッグを時々口に運びつつ、矢島は川田に話しかけた。
「すごいね、人というか、熱気」
「そうだね、俺も何回か参加してるけど、今年は久々に盛り上がってる気がする」周りが騒がしいので、少し大きな声で川田は返事をした。「TRPの前身が始まったのはもう半世紀以上前で、ここ数年はマンネリ化してる感が否めなかったけど、重婚法制化がやっぱり影響してるんじゃないかなと思うよ。あ、ポリアモリー婚か」
二〇三〇年、諸外国から後れを大きく取ったが、長年の当事者やアライの活動がようやく実を結び、日本でも同性婚が法制化された。これにより、同性同士が結婚した場合にも、異性同士が結婚した場合と同じ法的権利を得られるようになった。
同性婚法制化当初は、当事者やその家族に対する差別が深刻な社会問題となった。しかし、それから二十年もすると同性婚が当たり前の世代が大人になり、同性婚はすっかり世の中に浸透したように思えた。矢島自身にも、両親が同性の知人や、同性愛者の友人が何人かいたので、同性婚は身近にあるものと思っており、嫌悪感やネガティブな印象はもっていなかった。
それからさらに二〇年となる前年の二〇五〇年、「ポリアモリー法」、蔑称「重婚法」が成立した。
ポリアモリーとは、同時期に複数のパートナーと関係を築くこと。ただし、その関係性についてパートナー全員の同意を得なければいけないので、浮気や不倫とは異なる。対して、従来の一対一のパートナーシップのことはモノガミーという。
セクシュアルマイノリティ界隈で、この言葉が度々聞かれるようになったのがおよそ三〇数年前だった。法制化するずっと前から、事実婚状態でパートナーシップを複数結んで、大所帯の共同体を作ることを試みる人々は、極めて少数だが稀に見られていたという。
まだ「ポリアモリー」という言葉が世間に浸透していなかった二〇三〇年代。年々深刻さを極める少子高齢化とともに、ポリアモリーを取り入れた家庭のあり方が、同性婚が法制化された頃と同時期に世間一般からも注目され始めた。一部の政党や政治家も、少子高齢化を止める一助になるならと目を付けた。
ただ、同性婚とは違って、ポリアモリーを法制化するとなると遺産相続など今までとは大きくシステムを変更しなければならず、その影響度合いはあまりにも大きかった。結局、各政党が公約に掲げ始めてから実際に可決されるまでには十年以上かかった。
しかし、政治家たちが躍起になって法制化に力を尽くした一方で、国民の大多数は従来の一対一の関係を築くモノガミー派が圧倒的に大多数であることは世論調査の結果から明白だった。世間と政治の方向性は乖離していた。
二人以上のパートナーと関係をもつのは、最初に関係をもったパートナーに誠実ではない。何人も同時に付き合うということは人間には不可能。浮気や不倫と何が違うのか理解できない。親が同性というだけでも子育てにおいて健全ではないのに、親が二人以上いるというのは気が狂っている。子どもがかわいそう、などという声がワイドショーの街頭インタビューで連日のようにセンセーショナルに流された。専門家たちによる様々な議論も度々行われていた。やや侮蔑的な文脈で使われる「重婚法」という言葉が前年の流行語大賞にノミネートしたほど、同性婚法制化時よりも世間で面白おかしい話題の種として「ポリアモリー法制化」は消費された。