09 重い思い?
「私はナナト様のことが好きです」
今まで相手から断られたことしかなかいマイアに、恋の駆け引きなど出来るわけもない。だから彼女は直球で気持ちを伝えることにした。
なりふり構わず七斗を誘惑しようとしている令嬢たちがライバルなのだ。それに勝るためには、一歩も二歩も前に出る必要があった。
「最近姿が見えないと思ったのに、突然現れていきなりどうしたんですか?」
「自分の気持ちは素直に伝えた方がいいそうなので、隠さず言っておくことにしました」
「しましたって言われても……僕はその気持ちに応えられないって、前に言っておきましたよね」
マイアはその時の言葉を一字一句覚えている。
「はい。でも大丈夫です。ナナト様がご自分の国に帰るとおっしゃるのであれば私もついてきますから心配いりません。ですから私とのことを真剣に考えてもらえませんか」
「ついていくって――そこまでマイア様に思われる理由が僕にはわからないんですが? もしかして、投げやりになってませんか?」
ナナトは、最近自分のもとにやってくる令嬢たちが、マイアの代打だということには気がついていた。
ちょうど時期を同じくしてマイアが全く姿を見せなかったことと、色仕掛けで迫ってくる令嬢がいたからだ。
もちろん誰の誘いにもなびくことはなかった。だからなのか、一週間ぶりにマイアが顔を見せたかと思えば突然の告白。こんな状況で好きだと言われても素直に喜べるわけがない。
「そんなことありません。自分でも何度も自問自答しましたから」
「何をですか?」
「それはナナト様に会いたいか? 顔が見たいか? 話がしたいか? そして自分の気持ちと向き合って気づきました。ナナト様のことが好きなんだと。私がナナト様を好きで、ナナト様とどこまでも一緒に行くとなれば、もはや問題はまったくありませんよね?」
「それ、思い込みだと思いますよ。ただ単に、僕のことを考えすぎただけじゃないんですか?」
「ええ、そうです。だって、恋なんて思い込みの延長ですもの。そうでなければ、政略結婚で相手を好きになることなんてできませんわ」
マイアは本気でそう思っている。
そう王女教育で刷り込まれているからだ。実際、胸がときめいているのだから、間違いではないのだと……。
「そんな身も蓋もないようなことを――僕はもっと純粋なものだと思っているんです。本気で恋をするのは運命の相手なんだって」
「運命の相手ですか?」
「僕の生まれたところでは、運命の相手とは赤い糸で繋がっていると言われているんです。申し訳ありませんが僕と繋がっている相手はマイア様ではないと思っています」
「そんな……」
ナナトの拒絶にマイアの心に暗い影を落とす。
「やっぱり、どなたか好きな方がいらっしゃるのね。それとも、この一週間で気になる方ができてしまったのですか」
令嬢たちはとても積極的だったと侍女から聞いていた。マイアと違ってみんな華やかだったから、取り囲んでいた女性の中に、七斗好みの女性がいても不思議ではない。
「そうじゃありません。さきほどマイア様は僕についてくると言いましたけど、それはどうやっても無理なんです。いずれ離れ離れになるかもしれないのに結婚なんてできませんよ」
「そんなに遠い場所なのですか? 長旅でも私は構いませんけど」
「遠い場所には間違いありませんが……」
どう説明すればマイアが諦めてくれるのか、ナナトは真剣に考えた。そして結論を出す。
「真実を伝えて信じてもらえるかわからないけど、ボクはこの世界の人間ではありません」
「はい?」
「突然この世界に転移してきたから、また突然もとの世界に戻る可能性があるんです。そこにはマイア様だけではなく、他の誰も連れて行くことなんてできません」
「もとの世界?」
そんなことを告げられても、誰だって簡単に飲み込むことなどできはしない。
断るためにそんな嘘までつくのかと思ったあと、マイアは考えなおした。
「だから、ナナト様にはグリフォンを倒すほどの力があるのですか?」
「たぶん、そうだと思います。」
物語の中で、異世界に転移する時は、その世界で困らないためなのか、日本人はたいてい謎の力を手に入れる。
神様や女神と会って直接授与される者も多いが、ナナトにはそんな記憶がない。きっと能力だけを与えられた放逐されたのだろう。ナナトはそう考えていた。
「ナナト様は、ご自分の運命の女性は、元の世界にいらっしゃると思っているのですか?」
「それはわかりません。逆に一生戻れないかもしれませんから」
「だとしたら、私と赤い糸でつながっている可能性もありますわ。いえ、私があなたをこの世界につなぎ留めます」
「どうやって? そんなことができるんですか?」
「愛で!」
恥ずかしげもなく、そんな返事をドヤ顔言ったマイア。
「運命は自分で切り開くものだと、今気がつきました」
今まではいつも受け身で周りに流されたまま、自分で動こうとしなかったマイア。
縁談を断られた時も、相手と向き合うこともしなかったので、どこが悪かったのか実際に確認することもできず、想像するしかなかったのだ。
「私がナナト様を離しませんから、どうか、好きになってください」
生まれて初めての告白と共に、マイアは侍女に持たせていたハンカチを受け取り、七斗に手渡した。一週間作り続けていたので全部で二十枚近くある。
「プレゼントです。私がすべて刺繍しました」
実は、侍女たちから、重すぎるという理由で、一度に渡すのは止められていたのだが、それでは意味がないと、マイアはすべて一緒に渡してしまう。
マイアの気持ちが込められたハンカチ。七斗は断ることもでずに、驚きながらそれを受け取ることになった。