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08 気持ちの整理

「こんな時間になってしまったわ」


 今日は朝から、王都にある孤児院の経営状況について、という会議に出いてたため、マイアは七斗のもとに向かうのが遅くなった。


 日が傾いていて、夕日であたりが赤く染まっている。

 庭園に七斗がいると聞いたので、急いで向かっていると、前方から美しいハープの音が耳に入った。


「誰が演奏しているのかしら?」


 侍女たちに尋ねても、誰も知る者がいない。

 とりあえず音が鳴る方へ近づいてみることにした。


「ナナト様が囲まれているわ。いったいどういうこと?」


 円状で屋根付きのガーデンベンチに集まっていたのは、七斗と数人の令嬢。とは言ってもマイアには見覚えがない者ばかりだ。そのうちの一人が小さめのハープを抱えて、聞いたことがない曲を演奏していた。


「少し待ちましょうか」

「はい。マイア様」


 七斗も耳を傾けているのに、そこへマイアが顔を出したら、驚いた奏者が中断してしまう恐れがある。

 邪魔をしたくなかったマイアは、庭園の入り口で立ち止まり、そこで、自分自身も曲を聞きながら終わるのを待つことにした。


 演奏が終わると、その場にいた令嬢たちが拍手を送る。もちろん七斗もだ。続けてにぎやかな笑い声が聞こえてきた。


「なんだか、楽しそうね。あそこに私が行ったら雰囲気が壊れてしまわないかしら」


 何の話しで盛り上がっているかはわからない。しかし、王女のマイアがそこに現れれば、集まっている令嬢たちは恐縮してかしこまってしまうだろう。

 それに、式典の場ですでに七斗からは振られている。もし、腫れ物にでも触るような扱いをされたら、居たたまれないとマイアは思った。


「邪魔になりそうだから、今日はこのまま戻ることにするわ」


 そう言いながらも、女性に囲まれている七斗の姿は、マイアにとって気分のいいものではなかった。


 そしてこの状況は、明らかにマイア以外の令嬢に七斗の心を掴ませようと、誰かが画策しているものだと嫌でもわかる。


「帰る前に、誰かセイベルを呼んできてくれないかしら」

「かしこまりました」


 マイアが頼むと、すぐに侍女の一人が、七斗のそばにいたセイベルの元へと向かう。


 そのため、その場にいた全員が、マイアが庭園の入り口から七斗たちのことを見ていることに気がついた。

 しかし、その場から立ち去る令嬢は一人もいない。挨拶にもこない。


 それでも、自分に構わずそのまま歓談を続けてほしいと思っていたマイアは、七斗の前で権威を振りかざすことにならなくて良かったと、ほっとしていた。


「姫様? どうかなされましたか?」

「あれは一体どういうことなの?」


 やって来たセイベルはマイアから何を言われるかわかっていて、始めから困ったような顔をしていた。


「宰相の差し金? 私が当てにならないから、ナナト様好みの女性を集めて侍らせているのかしら?」

「それは私に聞かれてもわかりません。返事のしようがないのですが、姫様がそう思うのでしたら、そうなのではありませんか」

「やっぱり……不甲斐ない自分が悪いことはわかっているけれど、それにしても、皆さん距離が近すぎないかしら? 隣に座っている方なんてナナト様にべったりとくっついているわよね?」


 七斗と令嬢の間には隙間がないように見える。


「ああ、ここからの角度だとそう見えますね」

「実際にはそれほどではない?」

「実際もべったりしていますよ。ナナト様を逃がさないように両側から挟み込んでいますから」

「嘘!?」

「姫様は、そんなにナナト様のことがそんなに気になりますか?」

「当たり前じゃない!」

「不思議ですね。他のご令嬢がナナト様のお眼鏡に叶えば、姫様が無理をして頑張る必要はないんですよ。私も、姫様が好きでもない男にアピールしている姿は見たくありません」

「セイベル!?」

「姫様が傷つくところを見たくないのは、私だけではないと思いますよ」


 思わず頷きそうになった侍女たち。


「と言うことは、本当にあの中の誰かが、ナナト様の心を射止めそうだってことなの?」

「それはまだわかりませんが、あそこにいる令嬢たちは下流貴族で、しかも家の存続が掛かっているような者ばかりです。言いたくはありませんが、役目に対する覚悟が姫様とはまるで違いますから」

「私だって国のためにって」

「だからですよ。自分ではなく国のためだと言っている方を、果たしてあのナナト様が好きになるでしょうか?」

「それは……」


 セイベルに図星をつかれたマイアは何も言えなくなってしまった。


「あの令嬢たちは、重鎮たちから誰でも構わないから勇者を誘惑しろと言われているようです。きっと姫様に遠慮などしないと思いますよ」


(確かに私は、ブロッサム王国のため、そしてたぶん、役立たずの姫と言って笑って者たちを見返すためにナナト様に好きだと言わせたかったんだわ)


「私はなんて傲慢だったのかしら……」

「姫様?」


 マイアはそのままセイベルに背を向けると、やって来た道をを引き返し始めた。

 どんな顔をして七斗に会ったらいいのか、わからなくなったからだ。


  ◇


 それから一週間、マイアは一度も七斗のところには行かなかった。


(ナナト様のそばにいた誰かが、ナナト様を虜にできればみんなが喜ぶわ。私が横やりを入れて、邪魔なんかしたら、役立たず以下になってしまう)



「はあ」

「マイア様、少し休憩されたらいかがですか?」


 ため息をついているマイアに侍女の一人が声を掛けた。


「とっておきの茶葉とケーキをご用意いたしました。さあ、あちらへどうぞ」

「ありがとう。身体もガチガチになっているし、そうするわ」


 ここ最近、マイアはひたすら刺繍をしていた。


 一心不乱に針を刺し続けたいたので、侍女たちから身体と心の心配をされている。

 はたから見れば、その姿は現実逃避をしているように見えたかもしれない。

 しかし、刺繍をしながらも、マイアの頭の中ではいろいろな思いが巡っていたのだ。


「意地になっているわけではないわ」

「マイア様?」


「ただ、喜んでもらいたいだけだもの」

「どうかなされましたか?」


「自分でも気がつかなかったけど、私はナナト様のことを好きになっていたみたい」


 突然のマイアの告白に侍女たちは戸惑いを見せる。


 マイアが部屋にこもっていた間も、令嬢たちが七斗と一緒にいたことを知っているからだ。


 まだ、誰かが選ばれたとは聞いていないが、それも時間の問題だろう。

 マイアのことを思えば、その言葉にどう応えたらいいかわからなかった。


「私、ナナト様に会いたいの。もう我慢できないわ」


 この一週間、マイアは公務の時間以外、七斗のことばかり考えていた。

 そして自分の気持ちも。


「わかりました。マイア様。すぐに居場所を聞いて参ります」


 そう言って、年長の侍女が部屋を退出していった。

 心配だからと言っても、主人の気持ちを蔑ろにすることもできないと彼女は思ったのだ。


 部屋に残った侍女たちは、初めて恋心を口にしたマイアが傷ついてほしくない。そう祈ることしかできなかった。


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