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07 七斗の好み

 その日、マイアは日よけのパラソルをさしながら闘技場の観覧席から七斗のことを見ていた。

 彼とその世話係である近衛騎士セイベルが、そこで剣の鍛錬をしているからだ。


 マイアの他にも大勢の野次馬が興味津々で二人のやりとりを見ていた。

 とは言っても、日本から転移して数ヶ月の七斗が剣を上手く扱えるわけもなく、セイベルが構えているところにただ打ち込むだけなのだが。


 それでも、剣と剣が「がきんっ」と音を立てるたびに、周辺がざわついている。


 それは、実力で近衛騎士まで上り詰めたセイベルが七斗の剣を受け切れていないからだ。

 流石に足をついたり、剣から手を放しはしないが、明らかに押されている。


 逆にセイベルが撃ち込んだ場合、七斗の腕は一ミリも動かず、びくともしなかった。それだけで、見ている者たちにも七斗の力の強さは伝わった。


 しかし、セイベルが弱いというわけではない。

 これが模擬戦であったなら、セイベルの剣技を七斗が見切れるはずがないので、試合にもなりはしないのだ。


 それがわかっていても、七斗の剛腕は驚異的だった。


「あいつの腕、あんなに細いのにどうなってんだ? セイベルは全力だよな?」

「ああ、加減しているようにはみえん。グリフォンを撃墜したと言うのも嘘ではなさそうだな」

「でも、弱点だらけだけどな」


 怪力があったとしても、動きは素人まるだし。

 剣の射程圏内に入りさえすれば、王宮に仕えている騎士なら負けることはない。

 人との対戦には向いていない。そんな評価をする者ばかりだ。


「剣ならな……」

「遠距離の攻撃だったら相手にならないのはこっちだぞ。あいつが石ころを投げたとして、命中率が高かったら、それだけで致命傷を負う」

「グリフォンが石ころひとつで落とされたんだっけな」

「重鎮たちが手元に置いておきたいわけがわかった」


 剣などまったく使えないマイアには、七斗の実力はさっぱりわからない。

 それでも、騎士たちの話で、一目置かれるだけの能力があることだけは理解できた。


「本当に強いのね」


 その後もずっと、何十回と打ち合いを繰り返す二人の姿を見続ける。


「セイベルの息があがってきたな。終了するようだ」


 剣を鞘に納めて、観覧席を見回した七斗がマイアに気がついた。騎士だらけの中で、白いパラソルと桃色のドレスはとても目立つ。わからないわけがない。


「見てたんだ。僕は何もできないから、試合にもならないし、面白くなかったでしょ?」


 マイアの座っている場所までやってきて、七斗が声を掛けた。


「ナナト様はすごいのですね。皆がそう言っていたわ」

「ただ身体が頑丈なだけだから、すごいわけじゃないけどね。」

「人より秀でていることが、ひとつでもあれば素晴らしいと思うわ。私がナナト様だったら、絶対に嬉しいもの」

「そう?」


 自分に自信がないマイアは本気でそう思っていた。人を救う力を持っている七斗が羨ましいと。


 二人でそんな話をしているとセイベルがマイアたちのところへやって来た。七斗に意味ありげな視線を向ける。


「何? どうかした?」

「お話し中に申し訳ありません。ナナト様の剣を受けてみたいという者がおりまして、お相手をお願いできないかと」

「剣?」

「私の時と同じように、構えている剣に打ち込んでほしいのです。あと、逆に受け止めるのも。ひとり一セットでいいので、いかがでしょうか」

「それだけなら別にいいですよ」

「では、お願いします」


 闘技場にはすでに数名が剣の素振りしながら七斗のことを待っている。


「じゃあ、行ってくるね」

「はい、お気をつけて」


 もっと話がしたいと思いながらも、マイアは笑顔で七斗を見送った。

 今日は他に用事があったので、ちょうどよかったからだ。


「セイベル、あなたはちょっと待って。話があるの」


 マイアは七斗ともに闘技場へ降りて行こうとしてた彼に声を掛ける。


 セイベルは近衛騎士として選ばれた年から一年間だけマイアの護衛をしていたので顔見知りだ。

 金髪碧眼で柔和な顔立ち。性格は社交的で人当たりがいい。同年代だということもあって、七斗の世話役を任せられていた。

 もちろん、侍女たちからは絶大な人気を誇っている。


「私に何か御用でしょうか」

「そうなのだけど、少しだけ待ってちょうだい」


 七斗がその場から完全に離れるのを確認してからマイアは口を開いた。


「あなたは七斗様の好みを探っているのよね? 私にそれを教えてくれないかしら」


 七斗には護衛の必要がないので、セイベルの主な仕事は彼の相談役や話し相手だ。

 その中で、七斗をこの国に縛り付けるための材料を探している。性格の把握はもとより、趣味や拘り、現在心酔しているもの、そして弱点。

 その中には女性の好みも含まれていた。


「好みですか」

「なんでもいいの。食べ物でも、趣味でも」

「食べ物は好き嫌いはないようですが、飲み物はお酒はあまり得意ではないですね。果樹水を好んで飲まれています。趣味は絵本をよく読んでいたそうですよ」

「絵本? それは字が読めないからなの?」


 村人ならそれも不思議ではない。しかし、絵本は高級な嗜好品だ。貴族でも下流では手に入れることが難しい。

 セイベルが言っていることは矛盾だらけなのだ。


「いえ、ナナト様の話によると、子ども用の本ではなく、絵本よりも緻密に描かれた絵が並んでいて話が進んでいくものだそうです。見たことがないので私も想像ができないのですが、大人も楽しめる本だとおっしゃっていました」

「そんな本があるのね。どこの国の文化なのかしら?」


 見たことも聞いたこともない、そして王国の宝物庫にもたぶんないであろう本。七斗がいったいどこから来たのか不思議で首を傾げるマイア。


「ナナト様はタケカワというファーストネームがあるもの。やはり貴族なのよね?」

「そのへんは聞いても誤魔化されてしまうのでわかりません」


(話したくない事情があるのね)


「他には……女性の好みとかは調べてない?」

「それなら、優しくて可愛い子だそうですよ」

「その答えはあまりにも普通すぎるわ。何かないの、もっと具体的なことは」

「今のところはございませんが、女性の好みは引き続き探るつもりです」

「それがわかったら、私に一番に知らせてちょうだい」

「私にも役目がありますので、それはお約束できません」

「では、ニ番目でも三番目でもいいからお願い」

「はい、それなら」


 珍しい、マイアの押しの強さにセイベルは驚いていた。


「好みとは逆になりますが、彼はあまり目立つことが好きではないようです。今日は私の我がままに付き合ってくれましたが、本当はひとりで部屋で過ごすことを望んでいるのだと思いますよ」

「うるさくしたらだめなのかしら。あまりまとわりつかない方がいいと思う?」

「ナナト様は隠していらっしゃいますが、姫様の姿が見えると、一瞬嬉しそうな表情になるので、それは大丈夫ではないかと」

「本当に?」

「あの方は、結構、顔に出ますからわかりやすいですよ」

「だったら、今まで通り頑張るわ。どんな些細なことでもいいの、情報が入ったらお願い」

「わかりました」


 セイベルから話を聞いたマイアは大人も楽しめるという絵本を探そうと思っていた。


「好きなものをプレゼントしたら、きっと喜んでくれるわよね。私も読んでみたいし」


 マイアは、政略のためだけではなく、不思議なことが多い七斗に興味を持ち始めていた。


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