05 偽装婚約の提案
「好きな方がいらっしゃるんですか?」
七斗は自称二十歳なので、この国の平民ならすでに所帯を持っている者が多い。そうではなくても年齢的に約束をしている相手がいてもおかしくはなかった。
しかし、村では一人で暮らしていたし、仲の良い娘がいたという話も出ていなかったので、マイアは今頃になって、もともと特別な相手がいた可能性に気がつく。
「いえ。いません」
「でしたら、どうして」
「それは僕の問題です。いつまでここにいるかわからないので……」
重鎮たちはそれを阻止しようと画策しているのだ。
七斗にはこの国に永住して役に立ってもらいたい。そのためなら、マイアが犠牲になることなどなんとも思っていなかった。
ただ、父親である国王だけは、マイアが乗り気だったので、今度こそはなんとしてでも七斗との縁を結びたいと思っていたようだが。
(七斗様には一騎当千の力があると言うけれど、この細い腕で凶暴なグリフォンを倒したなんて信じられないわ)
「グリフォンの頭ってどれくらいあるのかしら」
マイアの頭にふとそんな疑問がよぎる。
「このくらいでしたよ」
それに反応して、七斗は両手を広げて見せた。
「そんなに大きいのに、それを倒した七斗様は本当にすごいわ。私なら足がすくんで近づくことすらできないと思うもの」
「すごい……かな……初めはここの人たちも同じ力があるんだと思っていたけど、違うんですよね」
「素手でグリフォンクラスの害獣を討伐できる人なんて、私は聞いたこともありません」
「僕も驚いているんですよね」
七斗は自分の右腕を不思議そうに見つめていた。
「七斗様の一族がそういった能力をお持ちなのではないですか?」
「僕の家族? ないない」
手を降りながら否定する七斗。
「戦闘能力がある人間なんて周りには一人もいなかったよ。僕だって今まで誰かや何を殴ったことなんてなかったし」
「そうなんですか」
「家族って言えば、さっきも言ったけど僕はいずれ生まれ育った場所に戻ることになるかもしれません。だから、いつ姿を消すかわからないんですよ。いろいろ言い訳をしたけど、それが一番の理由です」
竹川七斗はある日突然この世界に転移した。
事故にあったわけでも、病院に入院していた覚えもない。死んでこの世界にやって来たわけではないようなので、逆にいつ日本に戻ってしまうかわからないのだ。
そんな状態なのだから、この世界で家族はもちろんのこと、特別な人を作るなんてできないと思っていた。
自分もつらいし、おいていくことで、大事な人を悲しませたくない。
突然消えるかもしれない七斗と、国策で結婚しなければいけないマイアが気の毒だ。
それに、彼自身もどうせ結婚するのなら、義務ではなくてちゃんと自分のことを好きでいてくれる相手としたい。
二十歳の青年としてはごく当たり前の気持ちがあった。
「そうですか……」
故郷に帰ると言われてしまえばマイアには止める手段がない。婚約者どころか、恋人でも、友達ですらないのだから。
(それなら、特別な間柄になればいいのかしら。生国に戻るとしても私がそばにいればブロッサムと敵対するような事態にはならないはずだもの)
「事情はわかりました。ですが、私との縁談を断ったとしても、次の話が回って来ると思いますよ」
「そうなんですか?」
「はい。年齢的に合いそうな方だと、今度は伯爵家の令嬢あたりでしょうか」
「それは困るな……」
七斗は少しだけ顔をしかめる。
(伯爵家でも嫌そうだわ。王侯貴族相手に対して何か苦手意識があるのかもしれないわね。貴族と何かあったのかしら?)
「でしたら、私との話をはっきりさせずに保留にしておけばいいと思いますよ。私も立場上その方が有り難いですし」
マイアは侍女たちに七斗との話を父である国王が承諾していないために、まだ流れていないことを聞いていた。これから一発逆転できる可能性もある。
「そんなことで、マイア姫を縛り付けることはできませんよ。僕の存在のせいで君への良い縁談がこなくなってしまったら悪いですから」
「大丈夫ですよ」
(私に申し込む方なんてきっともういないもの)
「実は私も結婚をする気はないんです。ちょうどそのことを父に伝えようと思っていたところなので良かったです」
「どうして? 僕のせい?」
「それは私の我がままですから、七斗様が気にされることではありませんわ。遠い国や価値観が合わない方の元に嫁ぎたくないというだけですの。ですから貴方が防波堤になってくれたら嬉しいのです」
「そう言われるとな。本当にどうしたらいいんだ……」
困ったと言いながら頭をかいているが、それでも本当に嫌がっている様子ではなかった。
そんな二人のやり取りを、部屋の隅で侍女たちが息を殺しながら見つめていた。
勇者の称号を得るくらいだから、荒っぽいかと思っていたのに、実物の七斗は穏やかだしマイアとの雰囲気もいい。
それに、いつになくマイアが積極的だ。傷ついてばかりいた主の幸せのために、ふたりのことを応援したい。と、この時侍女たちの気持ちは一丸となっていた。