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03 始めての会話

 傷心のマイアを侍女たちが見守っていると、部屋のドアがノックされた。


「勇者様がお見えになりました。マイア様とお会いしたいとのことですが、いかがいたしますか」


 ドアの外で待機していた侍女が、寝室までやって来てそう告げる。


「宮殿の奥までどうやって入ってきたのかしら」


 マイアの部屋は王宮の中でも特定の人物しか出入りできない守られた場所にある。勇者の称号を持ったとはいえ、七斗が簡単に足を踏み入れられる場所ではない。


「宰相様がここまで案内してきたようです」

「そうですか。私はこんな状態ですし、謝罪でしたら必要ないと伝えてください」


 倒れたあと、そのままベッドに横たわっていたため、ドレスにはシワがついている。きれいに結い上げてあった髪もぼろぼろだ。マイアはそんな姿で人前に出たくはなかった。


「承知いたしました」


 侍女がお辞儀をして寝室から出て行くのをベッドの上から見ながらため息をついていると、すぐにまた部屋のドアがノックされる。


「申し訳ございません、マイア様」


 先ほどの侍女が戻ってきた。


「どうしたの?」

「どうしてもマイア様とお話がしたいと言って、勇者様がドアの向こうから動かないのですが」

「困ったわね。どうしたらいいのかしら」


 今さら話すことなど何もない。マイアはそう思いながらも、追い返すことはしなかった。


「しかたありません。器量が小さいと噂されるのも嫌ですもの。お話を伺ってさっさと帰っていただくわ」

「では、応接間にご案内いたしますがよろしいでしょうか」

「お願いします」


 マイアはすぐに侍女たちに髪とドレスを整えさせた。

 その後、寝室からドア一枚で続いている応接室へと移動して、勇者と対面する。


「お待たせしました」

「いいえ」


 お決まりの挨拶をしてマイアは七斗の向かい側に座った。


 革張りの上質なソファーに浅く腰を掛けていた彼は、用意された紅茶にも手をつけずにくつろいだ様子はまったくない。それどころか居心地がとても悪そうだ。


 マイア専用の応接室は彼女の好みに合わせて青系の調度品が飾られている。

 壁紙もカーテンも白を基調としながら、コバルトブルーの幾何学模様が入ったものだ。

 マイアは陶器より透明な素材が好きなので、クリスタルの花瓶や香水の瓶が飾り棚に並べられている。やはりそれも、ダークブルーやヴァイオレットブルーの凝った飾りのついたものだ。

 先ほどまでいた寝室も寝具は青系で統一されている。


 地味姫と呼ばれているため、ドレスだけは明るめの暖色を主に着用しているので、自室だけは好きな色で統一していた。


 ここにいるとマイアはとても安らぐのだが、華やかさはまったくない。


(お兄様たちからも、この部屋は落ち着くと受けがいいのけれど、彼の立場でくつろぐなんて無理な話よね……)


 七斗が訪れた理由を考えれば、それも当たり前なのだ。


「私に何のご用でしょうか?」

「部屋まで押しかけてしまって申し訳ありません。具合はもうよろしいのですか」

「ええ、ご心配なく」

「それならよかったです。これから少しだけ僕にお時間をよろしいですか」

「構いませんわよ」

「僕の要件は先ほどのことです。考えが浅はかだったために、あなたを傷つけてしまいました。本当に申し訳ありません」


(ナナト様は意思表示をしただけだもの。謝る必要なんてないのに)


 それに、頭を下げられたところで、落ちてしまったマイアの評判が回復するわけでもない。


 七斗が結婚を受けてくれない限り『三回も縁談を断られた王女』になってしまうのだから。

 それに彼は宰相に連れられて、この部屋へ来た。


(許しを得ておく必要があるとでも言われたのでしょう)


 マイアはそう思っていた。

 マイアが納得できずに怒ったままでは、代わりに選ばれた令嬢が恐縮してしまうので、打診することができないからだ。

 表面上だけは、なんとも思っていないふりをしなければならない。彼女は島国の王子との破談時に、それを学んでいた。


「その件でしたら、私は気にしておりませんから謝罪は結構ですよ。今日は朝から体調がすぐれなかっただけです。ですから、あなたのこととは何の関係もありませんわ。逆に、晴れの舞台に水を差してしまって申し訳なかったです」


 しかし、あの場の状況からして、マイアが七斗の言葉にショックを受けたのは一目瞭然だった。


「僕のことはいいんですが。あの時あんな失礼なことをしてしまったのは、ちゃんと理由があるんです。今更かもしれませんが、それを伝えておきたくて」

「それは先ほど謁見の間で聞きましたから、わかっていますわ」

「あの時に言った、身分が釣り合わないってのも本音ですが……」

「他にも理由が?」

「はい。僕は、一国の姫君であるマイア姫が、自分のような得体のしれない者との結婚を、望んでいるなんて思えなくて、絶対に嫌がっていると思ったんです。それでも、国で決められたことを姫様の立場からは拒否することは難しいんですよね。ですから、僕が辞退しないといけないんだって、勝手に思い込んでいて」

「私は別に、嫌がってなどおりませんでしたけれど……」


 王女としての教育を受けて育ったマイアにとっては、政略での結婚は当たり前のことだった。

 それに、七斗と結婚した場合、それなりの爵位と屋敷を用意してもらえるはずで、このまま自国に残って暮らすことが出来る。

 二度と戻れないような遠い国にひとりで嫁ぐよりは条件がいいとさえ思っていた。どちらかと言えば彼女は乗り気だったのだ。


「授与式の場でそれを言ったのは、その前から何度断っても聞き入れてもらえなかったからなんです。公の場ではっきり断れば、なし崩しに進めることは出来ないと思ったので」

「嫌がっているなんて、私には誰も教えてくれませんでしたわ。それを知っていたら、あなたの手を煩わせる前に私も撤回を求めましたし、もっと早くに白紙にできたと思います。みんなは、なぜ隠していたのかしら」

「すみません。そのことについては全部僕が悪いんです。もったいないとか、身分が違いすぎるとか、僕の言い方が曖昧だったから本気にしてもらえなかったんだと思います」


 竹川七斗は日本からの転移者だ。


 彼は気がついたらこの世界にいた。右も左もわからなかった時に、出会った村人たちにはとても親切にしてもらったので、行き倒れにならずにすんだのだ。


 その村の上空にも人食いグリフォンが飛んでくることがあって、危険にさらされているというので、お礼に倒しただけだった。

 七斗自身もなぜそんな力が自分にあるのかはわかっていない。


 そんな七斗は、相手をできるだけ傷つけないように、自分を落とす遠回しの断り方をしていた。

 謙遜しすぎたため、ブロッサム王国の人間には本当の気持ちが伝わらなかったのだ。彼の面倒をみていた宰相ですら遠慮しているだけだと思っていたのだから。


「それと最初に姫様の印象を聞かれた時に、可愛いとか言っちゃったから、それを好きだと勘違いされたのかもしれません。こんなことになる前に、もっとはっきり無理だって伝えておけばよかった」


(なんだかんだ言っても、結局は私との結婚が嫌だったということだけはわかったわ)


 マイアは失望していることが顔に出てしまわないように、頑張って笑顔を張り付けていた。


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