02 自虐的な王女
「私ってそんなに魅力がないのかしら? 見た目ってそんなに重要なの……」
そう言うマイアも、物語に出てくる完璧な王子様に憧れていたことがあった。
「いえ、重要よね……自分で言っていて虚しくなってしまったわ」
「マイア様は十分可愛らしいです」
「姫様は、勇者様にとって高嶺の花だったんだと思いますよ。ですからそんなに悲しまないでください」
気がつくと、ベッドに寝かされていたマイア。
彼女は上半身を起こしクッションに背中をあずけると、謁見の間であったことを思い出した。
つらさと恥ずかしさが入り混じり、なんとも言えない気持ちになったので、マイアは両手で顔を隠す。
侍女たちはそんな姿を哀れみながら見守っていた。
「自分でも地味顔だってことはわかっているのよ。陰でみんなが、王族の中で異色だとか、存在が薄いとか噂しているのは知っているもの」
マイアは気持ちの整理ができずに侍女たちに向けて愚痴をこぼす。
「私と一緒になるのが嫌ならそれは仕方ないと思うの。それでもみんなの前で言うなんて酷すぎるわ。遠回しに言われたとしても、断られたという事実はかわらないのだもの。公表する前だったらまだ傷も浅かったのに……」
「マイア様が悪いのではなく、あれは勇者様が王女様相手に怖気づいただけですよ」
「そんな配慮もできない方なのですから、そんな男性がマイア様のお相手にならなくて、よかったではありませんか」
侍女たちは必死に慰める。
「ですけど、私たちの結婚は絶対に必要なものだったのよ。たぐいまれなる戦力をもっている彼を、他国にとられないための政略だったのに」
自分に課されていた役目を果たせなかったと、マイアの胸中では自尊心と王族としての誇り、そして乙女心、そのすべてがくだけ散っていた。
「それは上の方たちが、急ぎすぎたんだと思います」
「勇者様はマイア様に好意があったそうですから、勇者様のお気持ちがちゃんと固まるまで待てば良かったんですよ。ですから、マイア様が責任を感じることではありません」
この婚約発表はいさみ足だったのだから、マイアが悪いわけではないと、口々に侍女たちは言った。
「いいえ、きっと、初めからその情報自体がが間違っているのだわ。好きだったら、こっちからの打診を断るなんておかしいもの」
「勇者様は平民でしたから、考え方も貴族とは違いますし、やはりマイア様との身分差に気おくれしたというのが一番の理由かと」
「それは私が王女だから? だとしたら今度は、受け入れてもらえそうな身分の令嬢を薦めるのよね。もし勇者様がその方を選ばれたら、それはそれで傷つくわ」
マイアがだめなら、そういう手段がとられることは、火を見るよりも明らかだった。
「それに、好意があったなんてやっぱり嘘よ。ほとんど言葉を交わしていないのだから、判断できるのは顔だけなんですもの。そんなことあり得ないわ」
これほどまでマイアが自分の容姿にこだわる理由はちゃんとある。
それは彼女にもたらされた今までの縁談が、見た目のせいでうまくいかなかったと思い込んでいるからだ。
一度目は北にある帝国の第三王子だった。
送られてきたマイアの肖像画が実物とあまりにも違いすぎるという理由で断られている。
宮廷画家がどれだけ盛って描き上げたのかはわからないが、マイナ本人と会った王子から信用が置けないと糾弾されたのだ。
この時はすべてが白紙になったので、代わりの令嬢が選ばれることはなかった。
「帝国の男性は疑い深くて気性が激しいといいますし、そんなところへ輿入れしなくてよかったではありませんか」
「ご自分の好みに合わなかったというだけでマイア様を傷つけるような方など、忘れてしまわれた方がよろしかと思います」
その時は、侍女たちの励ましでなんとか自分を納得させたマイア。
二度目の相手は南にある小さな島国の王太子であった。
しかし、大国の王女では格が違いすぎるので、貴族家の令嬢に変更してほしいという内容の書簡が届いたのだ。
「あの国は船で何時間もかかる場所にあると言うではありませんか。そんな遠いところにマイア様が行くことにならなくて安心しました」
「とても暑い国だそうです。マイア様のお肌は日差しに弱いのですから、環境に慣れるまで大変だった思いますよ。とても心配していたので、実はみんなほっとしているのです」
「マイア様のご縁は、もっと素晴らしい男性と繋がっているはずですわ」
その時も侍女たちは懸命にマイアを元気づけた。
しかし、島国の王太子へ送った肖像画は、嘘偽りのない地味なマイアが描かれていたものだった。だから、断られた理由はやはり容姿なのではないかとマイアはもやもやしていたのだ。
そして本日、またしても王女だからと言う理由で拒まれた。
「また地味姫が断られたと笑い者になるのね……もうこんな恥ずかしい思いをするのはこりごりだわ。だから結婚は諦めようと思うの」
「ただ相手が悪かっただけです。諦めるだなんて……」
「私の結婚相手になってくれる人なんて、どこにもいないのよ。お父様に今後縁談は受けませんと伝えるわ。どうせ相手が誰だろうと結局は断られるのだもの」
「そんなことはございません。次こそは良いご縁がありますから」
「三回も続けてなのよ。誰が聞いても私に非があると思うはずだわ」
「マイア様に悪いところなどございません」
「いいえ、政略結婚なのに、相手から断れてばかりいる私は、きっとそういう運命なのよ。すでに役立たずと思われているのだから結婚をしなくても構わないはずだわ。縁談を持ち込まれて断る側だってかわいそうよ」
そう言ってマイアは悲しそうに笑う。
「マイア様……」
自虐的な彼女にたいして、心配して周りを囲んでいる侍女たちもなんと慰めたらいいのかわからず困り果てていた。
「それに、一番大事なことに気がついてしまったわ」
「大事なことですか?」
「ナナト様のことよ。国の思惑のために、勝手にいろいろなことが決められて、押し付けられた彼こそが一番の被害者だわ」
(貴族に囲まれた謁見の間でのあの態度を、七斗様は愚かな行為だと自覚していたわ。わかっていながらも、私との結婚を回避するためには、そうするしかなかったのかもしれない……)
悲劇のヒロインのごとく、嘆き悲しんでいたマイアは、彼には選ぶ権利すらなかったことに気がついた。
(よかった。逆恨みするところだったわ)




