13 南の地で
数日馬車に揺られ、マイアは南の領地に到着した。
前もって先触れもされていたため、伯爵家の屋敷では混乱も起こらずにすんだ。
「しばらくの間、滞在させていただいてもよろしいかしら」
「もちろんでございます。マイア様に出向いていただけてとても光栄ですよ。こんな辺鄙な土地で何もございませんが、ごゆるりとお過ごしくだされ」
待っていた領主と軽く面談をしたあと、七斗の元へ向かうための案内係としてセイベルが呼ばれる。
「マイア様、遠路はるばるお疲れ様です」
「そんなことより、ナナト様のお具合はどうなの? 先ほど伯爵から命には別条ないようだと話には聞きましたけれど?」
「そうですね。少し前から食事もご自分で取られるようになれました。ただ、未だに熱は一向に下がらず、一日のほとんどを寝て過ごされています」
「それでも少しづつは回復にむかっているということなのね?」
「実際にご自分の目で確か見ていただいた方がよろしいかと。ですが、今は眠りにつかれたばかりなのでお話できる状態ではありませんが」
「それでもいいの。私がそばにいても構わないのなら、お部屋に連れて行って。お願い」
そのためにマイアはやって来たのだし、伯爵家側も困るようなことではない。
「マイア様には早くご安心いただきたい。セイベル殿、よろしく頼む」
「は。承知いたしました」
伯爵から了承を得たので、ずっとそわそわしていたマイアは、やっと七斗が寝ている客間へと案内された。
長い廊下を移動したあと、セイベルと部屋に入り、そこにいた世話係の侍女に席を外してもらう。この部屋には常時二人以上の誰かがついているらしい。
「伯爵も大災害になる恐れのあったバジリスクが、それほど被害が出る前に討伐ができたことに、とても安堵しているようです。ですからナナト様にはどんなに感謝しても足りないとおっしゃっておりました」
セイベルの言葉が耳に入っていないのか、返事もせずに七斗の寝ている大きなベッドへ駆け寄るマイア。
そして顔を近づけ様子を確かめる。
「よかった……」
すーすーと穏やかな寝息を立てている七斗の姿を見て安心できたのか、今までの緊張から力が抜けてベットの脇でしゃがみ込んだ。
「マイア様、こちらにお座りください」
セイベルがダイニングテーブルに設けられていた椅子ををベットのそばまで運んできてマイアに薦める。
「ありがとう」
「ですが、すみません。少しだけお待ちください」
「何?」
客室の中で特別室らしいこの部屋は、高級な絨毯が敷き詰められているので、たとえ床に座り込んでいたとしても冷えることはないのだが、長旅で疲れている一国の姫をそのままにしておくわけにもいかない。
しかし、七斗に会いにやって来たマイアがこの場から離れるはずもないので、セイベルは侍従たちの手を借りて室内にあった座り心地のよさそうなソファーの配置換えをしたのだ。
「これでナナト様のお顔は見えます。マイア様もゆっくりなさってください。我々は外に待機しておりますので何かあればお呼びください」
侍女に紅茶と焼き菓子の入ったかごを用意させてから、セイベルも侍女たちと一緒に部屋を後にした。
◇
「本当によかった」
熱があるため少しだけ頬は赤くなっているが、それ以外は苦しそうなそぶりもないので、命に別条がないという言葉をマイアはやっと信じることが出来た。
しばらくは七斗の顔を覗き込んでいたが、流石に数日馬車に揺られて来た疲れも出て、そのうちソファーでうとうとし始める。
紅茶を飲んだりして誤魔化していたが、マイアが眠ってしまうまでにそれほど時間はかからなかった。
◇
「なんで、マイア様が夢に? もしかして願望?」
「え?」
名前を呼ばれたマイアは眠りから覚める。
急いで瞼を開けるとベッドに寝た態勢でマイアを見つめている七斗と目が合った。
「あ、ごめん。起こしちゃいましたか。って、もしかして本当に本人?」
「あの、はい。私こそ、七斗についていながら眠ってしまうなんて、ごめんなさい」
「ここって、伯爵様の屋敷ですよね? 僕が寝ている間に王都に運ばれた……なんてことはあり得るのかな?」
「南の伯爵領で間違いありませんわ」
「だったら、なぜマイア様がいるんですか? 夢じゃないみたいだし、流石に僕が幻覚を見ているわけでもないと思うんだけど」
七斗は自分が目を覚ました時、ソファーに持たれながら眠っているマイアの姿を見て、何度も目をこすった。
いるわけがない人物が部屋にいたのだ。
ずっと熱が下がらず、ぼーっとした頭で考えてみても理解できなかったので、もしかすると夢でも見ているのだろうかと思っていたところで、マイアが目を覚まし今に至る。
「ナナト様がお怪我をされたと聞いて、心配でやって来てしまいました。ああ、本当に……本当によかったです」
瞳に涙をためながら喜ぶマイア。
「こんなところまで?」
「こんなところまでです。呆れないでくださいね」
「そんなわけない。君にそんな顔で、喜ばれたり、泣かれたりしたら……僕は……」
マイアが本当に自分のことを特別視している態度に驚きながらも、七斗はベッドで起き上がろうとする。最近は流動食っぽいものを少しは食べられるようになったから、多少は動けるようになってきた。とは言っても二週間近く寝たままなので体力が戻っているわけではない。ひとりで起き上がろうとしたら腹筋に力が入らず呼吸が乱れてしまった。
「私、こういうときどうすればいいのかわからなくて……」
手を出そうとしても介助の仕方がわからずオロオロするマイアに「大丈夫ですから」と七斗は断り、自分で何とか上半身を起こした。
「こっちこそ、手元にはこれしかないみたい……マイア様に心配をかけてすみませんでした」
マイアから貰った刺繍入りのハンカチを手に持って、それを差し出そうか迷っている七斗に、マイアは自分のハンカチを見せてから、それで涙を拭う。
「ナナト様がご無事でしたら、私はそれだけでいいんです」
「今回は石化だけが怖かったんで、目を合わさないようにだけはしていたんですけど、自分の力に過信していたのか、失敗しちゃったんですよ。馬鹿ですよね」
情けなさそうなそぶりで七斗はつぶやく。
「それは騎士を庇ったと聞いております。ナナト様のおかげで一人の命が助かったのですもの誰もそんなこと思ったりしませんわ」
その言葉を聞いて七斗は何を思ったのか苦笑いをした。
そのあとふぅと一息吐いてからマイアから目を逸らす。
「僕は……」
「はい?」
「これから、どうしたらいいんでしょうか」
「もう少し療養をしてから、私と一緒に王都に帰りましょう」
「いえ、そういうことではなくて、勇者なんて称号をもらいはしましたけど、たぶん次は死ぬかもしれないと思ったら、身体が動かなくなるかもしれません」
「それは誰でも当たり前のことですわ。ナナト様だけに恐怖を感じるなとは誰も言いませんし、私が言わせません」
「でもそうしたら、何の役にも立たない僕は王宮にはいられなくなります。マイア様のそばにも」
「それは……困ります……わね」
王宮で勇者として七斗を丁重に扱っているのは、こういう時のためだ。
何もしない、もしくは、できないのであれば七斗には何の価値もない。国で衣食住を保証する理由がまったくなくなってしまう。
「マイア様」
「はい」
「僕の話を聞いてもらってもいいですか?」
「ええ。それは構いませんが?」
それから七斗は自分の気持ちをぽつりぽつりとマイアに話し始めるのだった。




