12 バジリスクの牙
七斗がバジリスク討伐に出立してから二週間後、王宮に吉報と凶報がもたらされた。
まずはバジリスクを無事倒すことが出来たという良い知らせ。下手をすれば災害級となる恐れがある魔物の駆除成功。
その連絡は王宮に安堵をもたらした。
一方凶報はと言うと。
「お父様! ナナト様がお怪我をされたというのは本当なのですか?」
国王は、仕事の休憩中に自室に飛び込んできた愛娘に目を向ける。
普段なら窘めるところだが、悲壮な表情のマイアが痛々しく、小言を言うのは後にすることにした。
「そのようだ。報告書によると現地で治療中らしい」
「そんな……それで今はどのような状態なのですか?」
「お主ら、すまぬがマイアと二人きりにしてもらえぬか」
「承知いたしました」
国王は部屋にいた官吏や補佐官らに席を外させる。
彼らがドアから出て行くと、立ち尽くしていたマイアを書斎机の前に呼んだ。
「どうやら足を噛みつかれたらしい。傷自体はたいしたことがなく、軽いようだが、その日から高熱が出てずっとさがらない、と報告されておる」
巨大な石の下敷きにして三日放置した後、バジリスクの様子を騎士団と一緒に様子を窺いに行った。その時にまだ息のあったバジリスクに七斗が噛まれたのだ。
実際には騎士団の一人が噛まれそうになったところを庇ったためなのだが、七斗だったからこそ、死に至らなかった可能性が高い。
「まさか傷口からバジリスクの毒が入ったのではありませんよね」
「それはわからん」
七斗の症状を聞いて、胸元を押さえガタガタと震え出したマイア。
「しかし、症状は熱があるだけで、他に悪いところはないようだから、状態が落ち着くまで南の領地で様子をみるらしい。もし、バジリスクの毒にやられたとしたら、ほぼ即死のようだからな。ナナトは毒に侵されてはいないと思われている」
「命に別状はないのですね?」
「今のところはそうらしい」
「良かった……」
ほっとしたマイアの瞳から、それまで我慢していた涙が零れ落ちる。
国王はそれを静かに見守っていた。
「わしは正直驚いておるのだ」
しばらくしてから国王はマイアに話しかけた。
「何を……でしょうか?」
「その涙だ」
国王に指摘されたマイアは急いで涙をぬぐう。
「それと、マイアがあの勇者に入れ込んでおることもな」
「お父様が辞退を受け入れていらっしゃらないのですから、私はまだ婚約者ですもの。実際には拒否されていますし、周りにはそう見られていなかったとしても、私だけはそう思っています」
「それは義務からか? それとも」
「義務ではありません。私はナナト様のことをお慕いしているんです」
マイアはしっかりと前を向き、ありのままの自分の気持ちを告げた。
「そうか……しかし彼は未だにおまえのことを受け入れようとはしない。もちろん、宰相が当てがった他の令嬢に対しても同じで、懐柔することは難しいようだ。だから、わしはマイアの気持ちが義務感からであれば、もうあれに絡まずとも良いと思っていたのだがな」
「ナナト様には受け入れられない理由があるのです」
「理由とは?」
「愛する者を残して行くことを恐れているのですわ。私の思い過ごしではなく、彼には嫌われておりません。それどころか、私と一緒にいる時には楽しそうにされています」
令嬢たちを拒否しているのはマイアも聞いていた。それなのに七斗は部屋にマイアを招き入れたのだ。嫌なら、自分も追い返されたはずだとマイアは思っている。
「逝くこと……そうであったか、それはあとどのくらいだ。もうそれほど長くないのか?」
「自分でもわからないとおっしゃっていました」
「彼と結婚しても、ふたりの生活は短いかもしれないのだな。マイアはそれでもいいのか?」
「ええ、一緒にいられる間は側にいたいと思っています」
「そうか、マイアにその覚悟があるのであれば、すぐに用意するといい」
「用意ですか?」
国王が何を言っているのかわからず、聞き返すマイア。
「ナナトのところへ向かうといい。彼の看病をしてこいと言っておるのだ」
「本当ですか、お父様」
「別に無理にとは言わない。おまえが好きなようにするといい。わしはマイアの幸せを願っているのだ。傷ついてはほしくないのだが、マイアが短い間だけでも彼のそばにいたいというならそれを尊重したいと思っておる。今までの縁談でマイアを傷つけてしまって、本当にすまなかった」
縁談を決めたのは国王だが、それを断って来たのは帝国であり、島国だ。
「お父様が謝ることではありませんわ。私が皇子様方のお眼鏡に叶わなかっただけですもの」
「いや、マイアは何も悪くないのだ。いろいろと調べた結果、すべては送った肖像画のせいだったらしい。帝国とはやっと話がついた」
「肖像画と私があまりにも違いすぎたからと聞いておりますが」
「そうだ。帝国に嫁ぐことを嫌がったマイアが、身代わりを出してきたと皇子に思われたらしい。事前に許可もなくそんなことをしたと勘違いされて、ブロッサム王国は信用が置けないと思われてしまったようだ。その後、島国から断られたのは、帝国と繋がりがあるため、皇子と破談になったおまえを王妃にするわけにはいかなかったようだ」
「そうだったのですか」
どうやら、見た目で断られたわけではないらしい。
「初めからきちんとした肖像画さえ送っていれば、破談なんてことにはならなかったのだ」
「ですが、おかげでナナト様に出会えました。そうでなければ今頃私は帝国で暮らしていましたから。私、これからナナト様のもとに向かいます」
「ああ、ではすぐに馬車の用意をしよう」
「お願いします。ありがとうございます。お父様」
国王の計らいでマイアは翌日には南へと立つことになった。




