10 ハンカチの真意
「物語の中でも、貴族の令嬢がハンカチに刺繍をしているのを見るけど、これってこうやって貰ったとしても、汚したら悪いから使うことなんて出来ないよな」
七斗はテーブルの上に重ねて置いてあるマイアから受け取ったハンカチを眺めてため息をついていた。
「しかもこんなに沢山……こういう時のお礼ってどうしたらいいの?」
「お返しってことでしょうか? きりがないので、私の場合は何もしておりませんが」
七斗は、相談係も兼ねているセイベルに尋ねてみる。ところが、帰ってきた言葉はまったく役に立たなかった。
どうやら、セイベルは王宮で働く女性から贈り物を貰うことが多いらしい。受け取って欲しいといわれれば、無下に断ることはしない代わりに、本当にただ受け取るだけだという。
昔、その気もなかった相手にお返しをしたあと、それをだしに付き合っていると風潮されたことがあったので、それから女性への対応が雑になっているらしい。
「困ったな……」
「ナナト様が悩むのもわかりますよ。本当にすごいですからね。これ」
セイベルは七斗に了解を得てから、マイアの作品を手に取る。一枚一枚確認をしてから感心していた。
「これって、枚数で気持ちを表しているとかじゃないよね? セイベルさんはすごくモテそうだから、一度に百枚とか貰ってたりして?」
「まさか、こんなことをするのはマイア様くらいですよ」
「じゃあ、やっぱり普通じゃないんだ」
「ええ、普通じゃないどころか、このハンカチを順番に見てください」
セイベルがテーブルの上にハンカチを並べ始めた。
絵柄はすべて違うが、すべてに同じ服を着た少女の刺繍が施されている。
「これに何か意味があるの? 刺繍って言うとイニシャルとか、家紋とかのイメージだけど、ここにあるのは、ちょっと変わってるよね」
「これは絵本です。一頁ごとと言うか、場面場面のすべてを刺繍しているんですよ。結構有名な話ですけど、ナナト様はご存知ではありませんか?」
「童話ってこと? 見てもわからないし、たぶん知らない話だと思うけど、なんでこんな物を僕にくれたんだろう?」
絵本を複写しているのであれば、小さな子供なら喜ぶかもしれない。
しかし、七斗がプレゼントされても、戸惑うばかりだ。
「たぶんそれは、ナナト様が絵本を好きだとおっしゃっていたからだと思います。そのことを私が姫様に伝えてしまったので」
「僕が絵本を?」
「はい。私の聞き違いでなければ、ナナト様はよく読まれていたかと」
「あ、漫画のことか。それで僕にこれを……」
刺繍されているというその話は、この世界の童話なので七斗にはまったくわからない。だから、セイベルに教えてもらうことにした。
「きっと、ナナト様の故郷にあるような、大人が読んでも面白いという絵本が見つからなかったのでしょう。それで姫様はご自分で作成することにしたのではないでしょうか」
漫画を知らないマイアは、想像だけでこれを作り上げていた。
「刺繍でなんてすごすぎるよ」
「ええ、緻密とは言い難い出来ですが、それでもとても根気のいる作業だったと思いますよ」
「こんなことされたら……」
七斗の表情が曇る。
「怖いですよね、普通は。針の一刺し一刺しに情念が込められていそうですからね」
そう言いながら、セイベルも顔をしかめる。
「刺繍ってそういう感じがするよね」
「はい。好きな相手からならともかく、なんとも想っていない相手から貰っても困ります。製作時間と気持ちがこもっているからこそ簡単に処分もできませんし」
「セイベルさんは大変そうだもんね……」
彼は刺繍入りのハンカチを貰うことが多いのだろう。
「でも、姫様のこれは、そういうのとはちょっと違うと思いますよ」
「どういうこと?」
「これは、ナナト様のことが好きで好きでたまらないって、自分の気持ちだけを込めたも独りよがりの物ではなく、単純にナナト様に喜んでもらいたいって感じではないでしょうか」
「その方が、受け取った手前、気分的には楽だけどね」
マイアの告白に対して、あまり喜ぶそぶりを見せない七斗。彼の世話を続けて、マイアに対する態度を見ていたセイベルにはそれが不思議だった。
「ナナト様は姫様のことを本当のところどう思ってらっしゃるんですか? 姫様の近くで仕えていた自分から見ても、マイア様の気持ちは本物だと思いますよ」
「それが不思議でしかたないんだ。どうして僕なんかを?」
この国の人々の容姿は、目の前にいるセイベルを筆頭に、たいていが目鼻立ちがしっかりしていて、堀が深いと言われるタイプだ。
その中に混じれば、日本では標準だった七斗も、地味としか表現できない。
きっと、この国で七斗がモテることはないだろう。
「理由は姫様に直接お尋ねになったらいいと思います。それよりナナト様こそ姫様のことをどう思ってらっしゃるんですか。嫌っているようには見えませんのに、なぜ困ることがあるんでしょうか」
「嫌っているわけじゃないんだ」
「では、他に気になる方がいらっしゃいましたか? 他のご令嬢に迫られている時も困っていたように見えましたが?」
「わかっていたなら、セイベルさんが助けてくれれば良かったのに」
「そんなことはできませんよ。私が割り込んだりしたら、恨まれてしまいますからね。でも、もし本当に誰か気に入った方がいるのであれば、姫様に期待を持たすようなことはせずに、はっきり伝えてほしいと思っています」
今までも、はっきりと断り続けているから、マイアに期待を持たせるようなことは、言っていない。
ただ、マイア自体を嫌っているわけではない。それどころか好みのタイプだと言ってしまったので、一発逆転を狙われているだけだ。
「令嬢って、僕のところによく来る人たちのこと? あの人たちは人を蹴落とすことなんて、なんとも思ってなさすぎるからちょっと無理だよ」
「何か無礼なことでもありましたでしょうか?」
「僕に対してじゃないけど、誰誰がどうだとか、自分をアピールする際に他人のことを悪く言っていたから、あまり印象が良くないって言うか……」
そのため、マイアが帝国の皇子と島国の王子にどのように振られたのか、令嬢たちの口から知ることになった。
他にも地味姫と呼ばれているとか、薄幸そうに見えるどころか実際にそうで、姫様はお可哀そうですわ。と、同情するふりをしながら悪意をまき散らす令嬢たちが苦手だった。
見た目も性格も濃い令嬢たちに囲まれていたこともあって、七斗はマイアの姿に清涼感を感じていた。




