01 三度目の破談
「私は結婚できない運命なのかしら……」
そうつぶやいたのは、今年十六歳になるブロッサム王国の王女マイア。彼女は天蓋付きの豪華なベッドの上で、勇者から言われた言葉を思い出して唇をかんでいた。
それは今から二十分ほど前のこと。
マイアは勇者七斗に自分との結婚を拒絶されていた。それも王宮に集まっていた貴族たちの目の前だったので、彼女はショックで意識を失い自分の部屋に運ばれていたのだ。
「王女のくせに、地味顔で、幸薄そうで、貧相。そんな噂をされている私の結婚相手になってくれる人なんて、どこにもいないんだわ」
自虐的な彼女にたいして、心配して周りを囲んでいる侍女たちもなんと慰めたらいいのかわからず困り果てていた。
それも仕方がない、マイアの破談はこれで三度目なのだから。
◇
その日、王宮内にある謁見の間には、上流階級の貴族たちが集まっていた。
グリフォン討伐という偉業を成し遂げた竹川七斗に勇者の称号を授与するための式典を行っていたからだ。
ブロッサム王国では、半年ほど前から国境付近の山林に、人食いのグリフォンが住み着いてしまい、それが問題になっていた。
近隣の住人が襲われ犠牲者が出ているというのに、その個体が通常より巨体でありながらも素早く飛び回ったため、騎士たちも手をこまねいているだけで、なすべがない。
そんな時に、どこからともなく現れた村人風の七斗が、たったひとりであっけなくそれを倒してしまったのだ。
彼がしたことは、グリフォンに石を投げて撃墜し、頭部を一発殴りつけただけ。
本当にたったそれだけだ。
そんな単純な攻撃で、巨大なグリフォンを倒すことなどあり得ないのだが、目撃していた騎士団の者たちが口裏を合わせて、そんな嘘を言うわけもない。
その報告を受けた国の重鎮たちは、七斗をブロッサム王国で囲い込むことに満場一致で決定する。
そのため、報酬を渡すという名目で、彼の身柄を騎士たちにすぐさま確保させ、王都へと招いたのだ。
◇
七斗はこの国では珍しい真っ黒な髪をしていて、本人は二十歳だと言っているが、それよりもかなり若く見える。
その姿が強そうには見えないので、巨大なグリフォンを倒せるほどの力が本当にあるのだろうかと訝し気に見ている者が大半だ。
そんな中で、数段高いところにある王族の席から、彼に誰よりも熱い視線を向けている者がいた。
王女のマイアだ。
彼女は七斗の言動を何一つ見逃さないように、じっくりと観察をしていた。
(緊張しているみたいだけど、見た感じは優しそうだわ。話をした人たちが彼は好青年だって言っていたから、結婚相手として問題なさそうよね)
七斗は勇者の称号を与えられるとともに、王女マイアとの結婚が決まっていた。
しかし、二人は最初に挨拶をした程度。
今までマイアと七斗は話しをしたことがなかった。
彼が王都にやって来てから今日の授与式まで、何もかもがすごい早さで進められていて、予定が詰まっている彼とは二人きりで会う時間をとってもらえなかったからだ。
それでも、マイアと結婚することで恩恵を受ける七斗の人となりは、しっかりチェックされている。
もし、人間性に問題があれば、危険人物として投獄する用意も実はあったのだ。
調査の結果、七斗は力があるものの、争いを好まず、野心家でもないと判断された。
何よりも、マイアのことを気に入っているらしい。そのことを宰相から聞いた、彼女の周辺に仕える者たちは祝福ムードに包まれている。
意外にもマイアが乗り気だったので、二人の結婚はとんとん拍子でまとまると思われていた。
授与式は滞りなく進行して、勇者と言う栄冠を手にした七斗。
あとは国王の言葉を最後に式は締められるはずだった。
「ひとりの勇者が生まれたこの良き日に、皆の者にはもうひとつ素晴らしい知らせがある。すでに知っている者もいると思うが……」
国王のその言葉を、口を引き締め真剣な表情で七斗は聞いていた。その瞳は国王のいる壇上を見上げている。
マイアは逆にその七斗のことを見つめていた。
「勇者ナナトと我が娘マイアの結婚が正式に決まっ」
「恐れながら申し上げます」
突然、七斗が国王の話に割り込み中断させた。国王の許しもないどころか、話をしている最中に口を開いたのだ。その不敬な態度に、貴族たちがざわざわと騒ぎ出す。
(どうしたのかしら?)
予定では祝福の拍手に包まれるはずだった。
当事者のマイアも困惑が隠せない。
それでも、そんな周りを一切無視して七斗は発言を続ける。
「お話をいただきましたマイア姫との結婚の件ですが、姫様のお相手が私のような田舎者ではあまりにも不釣り合いです。相応しいとは思えません。よってこのお話は辞退させてただきたいと思います」
「なんだと!?」
(いま、なんて言ったの?)
勇者の肩書がついたとはいえ、国王直々の打診である王女マイアとの婚約を蹴るなど、あってはならいことだった。
この件は決定事項であり、すでに婚姻を進める準備もできていたのだ。そのため広間は騒然となる。
二人の結婚は表向きグリフォン討伐の褒美としてであるが、実際には七斗を自国に繋ぎ止めるためのもの。彼はグリフォンを単独で倒せるほどの力を持っている。他国に引き抜かれる前に、国に忠誠を誓わせる必要があったからだ。
普通に考えれば、どこの馬の骨かわからない七斗が王国の姫を娶るなど、桁外れの報酬だった。
平民にとっては望外の喜びである。貴族たちはそう思っているので、それを断るとはなんたることか。そう非難する声が圧倒的だった。
なかには分をわきまえているからだろうとか、王女相手で尻込みしたのだろうとか、そんな意見も飛び交っている。
いつまでも騒ぎが収まらないので、場を鎮めるために国王が手に持っていた王笏の柄の先を床にガシャンと打ち付けた。
その音が広間に響くと、ざわざわと騒いでいた貴族たちも口を閉ざし、すぐに広間は静けさに包まれる。
「結婚についてだが、そなたはたった今勇者となったのだから、マイアの相手としてまったく遜色はないのだ」
「いえ、私がマイア姫を幸せにできるとは、どうしても思えないんです。だからお受けすることはできません」
「そこまで己を卑下することもあるまい。わしが申し分ないと言っておろうが」
「身分だけではありません。この状況でもおわかりだと思いますが、私は礼儀作法もなっていないような愚か者です。高貴な方の伴侶になるなんて絶対に無理です」
国王が問題はないと何度言っても、七斗は頑なに結婚を拒んだ。その姿を見て、打ちのめされていた人物がいる。
「またなの……」
結婚を断られたマイアだ。
実は過去に二度も他国の王子たちから断られて破談となっており、七斗で三度目となる。
ただでさえ地味姫と陰で言われて、役立たずの烙印を押されているというのに、七斗の拒絶によってダメ押しされてしまった。
しかも、有力貴族たちが集まったその席で。
ガタンッ
そんな状況の中、彼女は突然自分の座っている席から転げ落ちた。
それは七斗の発言に心神喪失の状態で気絶したからだった。
「マイア!?」
すぐに侍女たちが呼ばれ、駆け寄り助け起こす。
「マイアは自室にて手当てを」
「承知いたしました」
国王に命令された、侍女たちはマイアを謁見の間から運び出した。
その場にいた貴族たちは、マイアが他国の王子からたて続けに断られたあと、いつまでも嫁ぎ先が決まらなかったことを知っている。
その上、この田舎者にまでに拒否されてしまったのだから、プライドがズタズタだろうと、ほとんどの者が同情をしていた。
そのため、この場でマイアが倒れたことに驚いているのは七斗ひとりだけだ。
彼は自分が断ったことで、意識が飛ぶほのどショックを受けた理由がまったくわからなかった。
しかし、周りの貴族たちがプライドがどうとか言っているのが耳に入ったので、なんとなく理解はできた。
彼女はそれほど誇り高き王女で、その自尊心を傷つけてしまったのだ、と。
そして、そんな女性とは、やはり性格が合いそうにないとも。
「そなたはまだ、勇者という立場を実感ができずに戸惑っているだけであろう。委縮しているようだが、身分の差が断りの理由であるならば、今の話は聞かなかったこととする」
国王はそれだけ言うと、すぐに席を立ち、七斗が何か言う前にさっさと謁見の間から王族を引き連れて退出してしまった。
残された七斗は自分の希望が通らずに唖然とするばかり。宰相から声を掛けられるまでその場に立ち尽くしていた。