お祖母様と恋のお話
温泉へ行った翌日…私は熱を出して寝ていた。
微熱程度なのに過保護な祖父母とリオンとアレスの手によって…私はベッドへと押し込まれたのだ。
広い天井を眺めながら、昨日の事を思い出す。
…思い出しては赤面し、ベッドへと潜るを繰り返していた。
「なんで、私ってば声が駄々漏れたんだろう?」
喋ってるつもりなんかなかったし、声に出してる事にすら気づかなかった。
これはかなりの重症だ。
再びシーツから顔を出せば、お祖母様が様子を見にきてくれていた。
「まだ…お熱は下がらないかしら?」
心配そうに顔を覗き、冷んやりした手が額へと置かれる。
気持ちいいな…。
「ご飯は食べられそう?どこか他におかしなところはない?」
「大丈夫です。」
いや、ある意味では大丈夫ではないが…体調面では恐らく知恵熱なんじゃないかと思う。
「……お祖母様は、お祖父様のことが好き?」
少し熱のある頭はやはりどこかポヘッとしていて…変な事を聞いてしまった。
お祖母様は一瞬だけ目を見開くと、優しく微笑み頷いた。
「ええ、大好きよ?リリアも、リオンも、アレスの事もね。」
ふふっと聞こえそうな軽やかな声で答えてくれたが…そういう事じゃない。
思っていたのと違う言葉を返され、私は暫し困惑してるとお祖母様は首を傾げる。
そして、今更に気づいたが貴族間の結婚に愛だの恋だのは関係ない事を思い出し…更に私は眉を寄せてしまう。
「あら?もしかして…聞きたかったのは別の答えかしら?ふふっそうね、私はリチャードに恋していたわよ。」
面白そうに笑みを浮かべながらお祖母様は私の欲しかった答えを口にした。
お祖母様はベッドへと腰掛けると、私のお腹の辺りをポンポンと撫でながら話し始めた。
「初めてリチャードと出会ったのは騎士団の詰所の前だったかしら…」
当時、サラマンダーを仕留めたお祖父様の噂を聞いたお祖母様はサラマンダーの素材を貰うべく魔法省から騎士団へと行った。
そこで出会ったお祖父様は凄く格好良く見えて、あれは一目惚れだったと後で思ったそうだ。
「その時は、何故こんなにドキドキするのだろうって不思議でね。それまで魔法の事ばかりだったから恋なんて知らなかったの。」
お祖父様もお祖母様に一生懸命にアプローチしたらしい。
それがとても嬉しかったが、お祖母様には結婚相手を選ぶに当たって…どうしても譲れない条件があったのだ。
「私より強い男性でなければ嫌だったの。」
そう言ったお祖母様は、今もまだ恋する令嬢のように可愛らしく笑った。
「出会って直ぐにリチャードが条件をクリアしてるのは気づいていたの…それでも証明して欲しかったわ。
そこまでの気持ちが私にあるのかどうかを…。」
そこでお祖母様は少しだけご実家の話をしてくれた。
ご実家は伯爵家で、今はお姉様が後を継いだそうだ。
魔力が多く、魔法に優れた一家に生まれたお祖母様は魔法省でも指折りの魔導師で…いつしか自分が守る側になっていた事を不満に思っていたそうだ。
因みにお姉様は今も魔法省で魔法薬の研究所長という役職についているそうだ。
「女の子なら守られたいじゃない?」
確かに自分が男の子を守る図とか、ちょっと嫌だな。
守られる男の子も嫌だろうしな。
「リチャードと何度か魔の森へ行って魔獣と対峙したけど…一度も私を前には出さなかったわ。
その後ろ姿がね、格好良いのよ?気づけば彼以外は目にも入らなかったわ。」
お祖父様との思い出を昨日の事のように話すお祖母様は何だかキラキラしている。
本当に大好きだったんだな…
だが…魔の森!?デートで魔の森!?と、変なとこでツッコミを入れつつ違和感に気づく。
…?
あれ?さっき“恋していたわよ“って過去形だった?
「お祖母様は…いつから“恋“じゃなくなったの?」
疑問に思い問えば、お祖母様は更に笑みが深くなった。
「あら、気づいたのね?そうね…リュークが生まれてから…かしら?」
恋ではなくなったという割には何故かずっと笑顔のままなので不思議に思い首を傾げる。
「恋はね…形を変えて愛になってしまったの。」
プニプニと私の頬を突つき、照れながら笑うお祖母様は本当に嬉しそうだ。
恋から愛に…いつかは変わるのだろうか?
全然、想像できないんだけど?
そもそも恋の定義も分からないし…私って前世で恋ってした事なかったっけ?
いや、お付き合いはしてたけど…こんなに嬉しそうに誰かに好きな人の事って話した記憶がない。
「リリアも、そういう人に出会えるわ。」
お祖母様は私の頬を優しく撫でる…
「これから…出会うって事ですか?」
私はお祖母様の瞳をじっと見ながら問えば、お祖母様は苦笑する。
「その口ぶりじゃ、もう出会っている人は違うの?って思ってるのかしら。」
思わずドキッとした。
お祖母様は人の心が読めるのかな?
それとも私が分かりやすいのかな?
…分かりやすいかも。
「恋した相手の見極めは簡単よ?リリアも自覚があるんじゃない?」
お祖母様は私に顔を近づけ、本当に小さな声で囁く。
ーーーーーときめくのよ。
ドクンッと心臓が鳴った。
言われた瞬間にアレスの顔が浮かんだからだ…
私が目を見開き、そして両手で顔を覆えばお祖母様は嬉しそうに微笑んだ。
「もう…身に覚えがあるようね?アレスが好き?」
「うにゃ!?な…何でアレスって!?」
やはりお祖母様には全部見えてるって事!?
「分かりやすいもの。」
お祖母様は苦笑いを浮かべながら、再び姿勢を戻すと私のお腹をポンポンし始めた。
「アレスを…好きになってもいい?」
そろそろと手を退けて顔を出せば、お祖母様は少し意地悪そうな顔をする。
やはり…私はアレスを好きになってはダメなのだろうか?
「もう手遅れでしょ?ならば、必ず手に入れる気で挑みなさい?我が家の女は強いのよ!」
お祖母様は人差し指を私の鼻に当て、そして力一杯に言った。
「これはね、私がリチャードの恋に悩んだ時にお姉様に言われたの。この言葉で私はリチャードだけを見る事が出来たわ。」
背中を押された言葉か…
そんな事を言われたら、燃えちゃうよね。
「アレスは格好良いから、学園に入ったら女の子達に狙われるわよ?」
「あ…それは嫌!…昨日もアレスが他の子とって想像しただけで無理でした。」
そうだ、アレスと“番“の話になって…
………あぁぁ…ダメだ。
「アレス…もう“番“が誰だか分かってるって言ってた…。」
折角、自分の気持ちに正直にとか思って…
アレスを誰にも渡さないとか勝手に思って…
思ったのに…もう誰かの“番“なんだ…。
見るからに萎んでいく私にお祖母様が首を傾げた。
「相手は聞いたの?行動する前に背中を向けるなんて、リリアらしくないわよ!」
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最後の言葉に散々悩みました。




