リリア、駄々漏れる
「ふにゃー…此処は天国でござるか?」
目の前に広がる銀世界を眺めながら、熱々の湯気が漂う…露天風呂に入っていた。
勿論、男女は別です!
此処は我が領地が誇る人気の温泉地…では無く、山の中の秘湯だ。
山の高台に作られており下には領地が広がっている。
秘湯とは言っても、人の手で整備された立派な温泉だ。
隣にはお祖母様もいるが、お祖母様も温泉を堪能していた。
しっかり温まり温泉を出れば、馬車の中の男性陣を待たせてしまっていた。
慌てて馬車に乗り込む私に対し、お祖母様は待って当たり前と思っているのか…ゆっくりと乗った。
この心のゆとりは見習った方がいいのかなと思う時がある。
「良いお湯だったわね。」
ホワホワした気分で馬車に揺られていれば、お祖母様はお祖父様と会話を楽しんでいた。
私は馬車の外を覗きながら…あの日の事を思い出していた。
一年半ほど前のあの日…今日と同じ温泉の帰り道の馬車で私たちは崖から転落した。
あの出来事をきっかけに私は前世を思い出し、そして環境もガラリと変わった。
今、目の前にいるアレスに出会ったのもあの後だった。
もっとずっと長く一緒にいる気がしたけど…まだ、そんなに経っていなかったんだな。
そんな事を思いながらアレスを見れば、アレスも私の視線に気づき笑顔を向ける。
この笑顔も…アレスの過去を思えば凄い事なんだと思う。
目の前で失った両親…その後は自分の人生をリセットするように新しい名前になった。
私ならばきっと発狂していたかもしれない。
アレスは幼いながらに、強い精神力を持っているのだと思った。
長い事、アレスを見つめていれば…いつの間にか周囲の会話がない事に気づく。
ふと見渡せば、何故かアレス以外がニヤついていた。
「え?え?」
そんな周囲の目に困惑しながらキョロキョロとすれば、目の前のアレスは顔に手を当てている。
目が痛いの?と心配そうに覗き込めば…再び目が合った。
「リリア、見つめすぎ…。」
ボソッとアレスが呟いた言葉で、一瞬で理解すれば顔が熱くなる。
思わず両手で顔を覆って…小さい声で謝罪した。
そんなに見つめてしまっていたのだろうか…。
「今日、温泉に入りながら思っていたんだけど…アレスは耳も尻尾も隠せるの?」
リオンはアレスやお祖父様と一緒に温泉に行った際に気になっていた事を口にした。
アレスは満面の笑みで頷くと、嬉しそうに話し始める。
「そうだよ!魔法を上手にコントロール出来る様になったら耳も尻尾も隠せるようになったし、逆に完全に虎になる事も出来るようになったんだ!!」
はしゃぐように話すアレスは、やっぱりまだ子供なのかなと思える。
それにしても…完全に虎になれるだと!?
……つまりは白虎って事だよね?
それは…
…はぁはぁ…
「リリア…息が荒いよ?」
リオンの横で興奮し出す私に呆れた顔で溜息を吐かれた。
「お願い!お邸に戻ったら…私にブラッシングさせて!!」
アレスの手をガシッと握りしめて懇願すれば、アレスは苦笑しながら了承してくれた。
「さあ、お膝の前にどうぞ!」
アレスを私室に招き、ベッドの上へと乗るように声をかける。
だが、アレスは顔を真っ赤にし固まってしまった。
そんなアレスの背中をリオンはポンポンと撫でて、アレスに獣化するように促す。
白に少しだけ青が混ざった靄が広がり、目の前には白い虎が現れる。
ふぉぉぉー!!
興奮しベッドをペシペシと叩けば、白虎はのそのそとベッドへと登ってきた。
その横にリオンも腰掛けるので、一緒にブラッシングしたいのかと問えば首を振られた。
私はゆっくりと毛並みを撫でるように優しくブラシを入れる。
思ったよりも柔らかい毛並みに感動した。
大人という訳じゃないので、まだ体が小さいと話すアレスだが…私としては大きい方だと思う。
そうか、まだ子供の部類なのかと感心する。
そういえば…虎って猫科だったよね?
時期が来れば発情とかもするのかな?
…と疑問に思いながらブラッシングしてると、何故かアレスとリオンが私の方に顔を向けていた。
「リリア、駄々漏れてるの自覚してる?」
リオンが少し顔を赤らめて呟いた言葉で、私は声に出して話していた事に気づく…。
最近、なんか私って恥かしい事ばかり口にしてない?
「発情期はあるけど…僕は“番“を見つけてるから、他の人には発情しないよ?」
アレスはプイッと顔を逸らしながら教えてくれる。
“番“…聞いた事があるな。
確か獣人とかには“番“がいて、それ以外には発情しないし興奮もしないんだっけ。
男性は精通をきっかけに、女性は初潮をきっかけに“番“を認識するって話だったかな?
「僕たち獣人にとっての“番“は必ずしも獣人が相手って事もないんだよ。僕もそうだけど、普通の人だったりするんだ。」
「え?普通の人だった場合は相手は“番“って認識できるの?」
獣人だから認識できるんじゃないんだ…でも、そうだよね。
片方だけ“番“って認識できても困るもんね。
そこは結構にロマンティック設定の世の中なのかな?
良いよね!
“運命の番“って響きが良いよね!
アレスはもう、そんな相手を見つけてしまったのか…。
どんな相手なのかな…可愛いのかな?
そんな事を想像した私は直ぐに考えるのを止めた。
なんか、アレスが可愛い子と楽しそうにしているのを思い浮かべたら胸がモヤッとする。
モヤモヤッとする…なんだこれ?
なんか凄い苦い物を食べた後みたいに口の中も気持ち悪いし、胸がギュって掴まれてる感じするし。
…これじゃ、まるで…
「リリア、また駄々漏れてるよ?」
リオンの言葉にハッとして口を両手で隠し…私は固まってしまった。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます。
恋愛パートは難しいですね…何度も書き直してます。




