リリア、恋について語る
「あははは!こんなに、笑ったのっていつぶりだろう?」
他の上級生は私と目を合わせないように俯きながら笑いを堪えるため震えているのに対し、クロード殿下は隠しもせずに大爆笑している。
そんなに面白い事なのだろうか…
なんか自分が笑われてると思うと凄い嫌な気分になる。
ムゥッとしてると、その顔に気づいたのかクロード殿下は呼吸を整えた。
「ごめんごめん、まさか…リリア嬢が威圧に気付いてないとは思わなくて。」
クロード殿下は私の頭に手を伸ばすが、お兄様や他の上級生に止められる。
リオンは顰めっ面の私に近づき、よしよしと頭を撫でてくれた。
私…これでも頑張ったんだから…とリオンにギュッと抱きつけば背中を撫でてくれた。
「何で…リナリアに対する話に掏り替えたの?」
私に対して、私が失礼だと言う話はややこしかったが…それだけで掏り替えた訳ではないと分かっているのだろう。
「あのまま[私に対して貴女達のが失礼だ!]と言えば…私のこの見た目だよ?なんか私の方が偉そうで悪く見えるじゃん。」
事実をそのまま伝えたところで私には不利な事ばかりだ。
それこそ、権力を振りかざす女の子だと噂されても困る。
「惚けたフリして掏り替えるのが一番良いと思ったの。」
私の言葉に納得したのか、リオンはウンウンと頷いた…
……ところで?
「……リオン。いつから居たの?」
何となく教室の外にリオンや複数の生徒の気配を感じていた。
それに途中で教室を覗き込んだリオンと目が合った気もする。
「んー…ご令嬢が教室に入って行くところからかな?」
「最初からじゃん!…え?じゃあ、日誌は?」
リオンは職員室に日誌を持って行くと教室を出たはずだが?
「直ぐそこでマキシア先生に会ったから渡したよ?」
先生も直ぐそこにいたのなら、ついでに教室も見ていけばいいのに…。
私の気持ちを察したリオンが、再び背中をポンポンと撫でる。
「お兄様方は、僕が覗き始めてから直ぐに教室の前を通りかかったんだよ。」
後ろに居たお兄様に目を向けると、苦笑しながら首を左右に振った。
「通りかかったんじゃないよ、一緒に帰ろうと思って迎えに来たんだ。クロード達は僕がリオン達の教室に寄って行くと伝えたら何故か付いて来たんだ。」
お兄様は自身の友人達に不満気な顔を向ける。
「だって、僕たちだけじゃ来づらいじゃん?自分達の弟妹に会いに来るんじゃないんだし。…僕の弟妹になってくれてもいいけどね?」
クリス様は唇を尖らせながら、お兄様に文句を言いつつ…然りげ無く私達に兄として見て?とアピールしてくる。
試しに呼んでみたらどんな反応をするのだろうか?
『………クリス様っていつも兄アピールをするけど、実際に呼んだらどんな顔になると思う?』
他には漏れないようにリオンに目配せしながらテレパシーを送れば、リオンは天を仰ぎながら考える。
顎に人差し指を当てるのも忘れない…あざといポーズだ。
『クリスお兄ちゃんって呼んでみる?』
『お兄様じゃなくて?』
私とリオンは目だけで会話を続け…試しに呼んでみる事にした。
さっき、小刻みに震えながら笑っていたお返しである。
「「クリスお兄ちゃん…」」
お兄様と未だに口論していたクリス様に向かってリオンと共に声をかければ、何故か周囲が固まった。
勿論、クリス様本人もである。
思わず…滑ったかな?と心配してると、突然クリス様が顔を真っ赤にして後退ってしまった。
「そんなっ!お兄ちゃんとかっ!!もう…犯罪だよー!!!」
何故か叫びながら、幾つもの机にぶつかり…教室の外へと走り去って行ってしまった。
リオンと二人でクリス様を見送っていると、復活したお兄様が私達に抱きついてきた。
「…僕もお兄ちゃんて呼んでよ!」
ギュウギュウと強めに抱きしめられ…呼吸が少し苦しくなる。
それでも腕の力を緩めないので私とリオンは顔を見合わせ…
「「お兄ちゃん?」」
再び、その単語を口に出せば…お兄様は両手で顔を覆って天を仰いだ。
聞こえないくらいの小さな声で「ほんと…犯罪…」と何やら呟いている。
いや、兄をお兄ちゃんと呼ぶのは犯罪でも何でもないと思うんだけど?
「僕の事は、間違ってもお兄ちゃんて呼んじゃダメだよ?特にリリア嬢、君はダメ!」
何故かクロード殿下は他の上級生とは違い兄と呼ぶなと言う。
間違っても呼びたくはないので、その辺は問題ないと思う。
うんうんと頷いてると、そんな私をリオンは若干呆れながら見ていた。
「それにしても、セシル嬢はよく威圧を知っていたね。普通は寒気がしたり冷や汗が出るって思うだけなんだけどね。」
クロード殿下はセシルさんに声をかけると、セシルさんは照れながら答えた。
「先日のリリアさんの魔法を見てから、魔法に興味が湧いてしまって…それで図書館で色々と調べていたんです。
気持ちが昂ったりすると魔力が漏れ出たりして、時に相手を威圧すると書いてありましたので…。」
そういえば、いつもは一緒に居る事が多いセシルさんだが、図書館へ寄って行くからと断られてしまった事が何度かある。
嫌われているとは思っていなかったが、断られてしまうと少し寂しかったので理由が分かり何となくホッとした。
「今まで、あまり気持ちが昂ってしまう程の事もなかったので…今度から気をつけます。」
今世ではツッコミは激しいが、そこまで気持ちが昂ぶるって事もなかったので…無自覚でした。
そういえば、魔法を習い始めた頃にお祖母様がチラッと話していた事を思い出す。
だから平常心で魔法を使うように言っていたんだな。
まだまだ勉強不足を痛感していると、目の前ではセシルさんとクロード殿下を中心に上級生方も会話に混ざっていた。
なるほど、このようにしてヒロインは攻略対象と少しずつ話すようになって行くのかもしれないな。
スーッと後ろに下がり、再びリオンの隣にちょこんと並ぶ。
リオンは私の顔を見ながら少し呆れているのか、苦笑いをしていた。
「お邪魔かと思いまして。」
私は小さな声で呟くと、リオンは私の頭をポンポンする。
「邪魔じゃないと思うけど、リリアは勘違いしてるんじゃない?」
勘違いとは何のことだろうか?
キョトンとしながらリオンを見れば、やっぱり呆れた顔をする。
「リリアはクロード殿下が好きなの?」
何度目かの同じ質問に、私は少しだけウンザリする。
その顔でリオンは納得したのか話を続けた。
「セシルさんはクロード殿下を好きだと言ったらどうする?」
「え?お勧めはしないけど、応援はするよ?」
即答すれば、何故かリオンのツボに入った。
「…お勧めはしないの?」
何とか笑いを堪えながら、質問が続く。
私が嫉妬してるとでも思ってるのだろうか?
「いや、お勧めはしないでしょ?面倒な未来しか待ってないしね。」
未来の国王に一番近い男だ。
そのお相手となれば叩かれること必至。
更には王妃教育も必要になる。
そんなのは余程の愛が無ければ無理だ。
「それでも一緒に居たいと言う、強い愛情があるなら…私は応援するかな。」
それは勿論、友人として。
「リリアには、そこまでの愛情を注げる相手はまだ居ないの?」
最後とばかりにリオンに質問される…。
8歳児にはまだ居ないと思わないのだろうか?
「例えば8歳の私が恋をしたとして…それが愛に変わるかと聞かれたら、必ずしもそうはならない。」
これは、私が前世の知識を持っているから言える事。
恋に恋するお年頃なんて言えるのも、本来の8歳児ならば恋したらその相手と結婚まで望むからだ。
この世界では、そうなるのかもしれない。
幼いうちから婚約するくらいだしね。
まあ、だから前世の私は独身だったんだけどね。
結婚したいと強く思える相手に出会えなかった。
出来れば、こんなファンタジーの世界に来たのだから今世は運命的な出会いとか結婚とか…
そう言うのに少しだけ憧れる。
「恋とは難しいものなのだよ!」
えっへんと両手を腰に当てて、リオンに語れば…やっぱり少し呆れ顔で笑われた。
「もう…そう言うリオンはどうなのさ!」
私ばかり根掘り葉掘り聞くのはフェアじゃない。
可愛いリオンもいつかは可愛いお嫁さんをもらうしね。
「んー?僕はまだかな…今はリリアを巡る男達の戦いのが面白いしね。」
「私を巡る?そんな事あるわけないじゃん!そうやって直ぐにはぐらかすんだから…」
もうっ!と怒れば、リオンは何故か私を残念な目で見てくる。
おいっ!そんなに私が可哀想に見えると言うのか!?
「テストが終われば、明後日からは領地に戻れるね。アレスは元気かな?」
「そうだね、明後日からは冬季休暇だね。アレスは…また強くなってるのかな?」
リオンが鞄に教科書や羊皮紙を詰め始めたので、私も片付ける事にした。
明日のテストが終われば、終業式も無く直ぐに休みに入る。
冬季休暇は1ヶ月にも及ぶが、年間で週末の休み以外の連休は他に無い。
そう考えれば前世よりも休みは少ないと思う。
因みに休み明けは席順が変わるのだが、それも明日のテストの結果次第だ。
常に成績順の座席の並びは何ともエグいシステムだと思う。
リオンの言葉に、領地に居る祖父母とアレスを思い出す。
入学してから四ヶ月にも満たないが、それにしても…あっという間だったな。
学園に通う前日の馬車の前…
アレスは祖父母と同じように私にハグをした。
出会った頃から一年も経ってなかったのに、身長は10センチも伸びて…
体格も少し大人に近づいていて、吃驚する程…力強かった。
だけど、もっと吃驚したのは私を抱きしめる手が優しくて…壊れ物でも持つようだった事だ。
大切なものを包み込むように抱きしめられたのは一瞬だったのに、何だかずっと抱きしめてて欲しくて…
…って!違う!!
リオンがアレスの話をするから思い出しただけで!
アレスの声が耳に掛かってやけに色っぽかったな…とか、思い出してないし!
「うにゃー!!!!…違うもんっ!アレスの事はそう言うんじゃないもん!!」
思わず大声で叫び…私は蹲った。
そんな私を宥めながら、リオンは吃驚している周囲に手を振って「何でもないです。」と声をかけていた。
今日一番恥ずかしい…
もう、リオンのせいなんだからー!!
「……アレス?」
私の方を唖然としながら見ていた上級生の中、クロード殿下だけは怪訝な表情で呟くのだった。
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