閑話 聖女からの預かり者
お祖父様目線のお話です。
私とアリアは王城から馬車に乗り、昨日訪れた教会へと来ていた。
「それにしても…二人で王城へ行ったのはいつぶりだったかしら。」
アリアは嬉しそうに私に話しかける。
私はアリアと出会った王城を懐かしんでいたが、アリアも同じように考えていたのだろうか。
「ああ、本当に久しぶりだったな。陛下が幼い頃はよく教師として呼ばれたものだ。」
「本当ね、まさか夫婦で剣術と魔法の教師として呼ばれるとは思ってもみなかったわ。」
懐かしいわねと笑うアリアは、昔と変わらず美しく…そして可愛らしい。
歳を重ねてもアリアが世界で一番素敵な女性だと思う気持ちは変わらない。
「さて行こうか、聖女殿からは何を預かるのだろうな?」
馬車を降り、アリアへと手を差し伸べるとアリアは私の手に手を乗せ馬車を降りた。
教会に入ると神官長が出迎えてくれ、昨日と同じ部屋へと案内される。
ソファーに座ると間も無く聖女殿が部屋へと入ってきた。
聖女殿の後ろからは、まだ幼い子供がいた。
リーマスと同じくらいだろうか?
よく見れば少年の頭には獣の耳がついており、尻尾も生えている。
「リチャード、アリア、早速だが紹介する。彼は獣王国からの預り者だ。」
「は…初めまして、シェリード・クー・ヴルーです。」
緊張した面持ちで、どこか怯えながら少年は自己紹介をしてくれた。
「初めまして、リチャード・クリスティアだ。」
「アリア・クリスティアよ。」
私とアリアも名を名乗ると、シェリードは少しだけ顔が綻んだ。
「シェリードは先日、獣王国の古代遺跡の近くで発見されてな…調べたところ王家の血を引いているらしい。」
「獣王国の古代遺跡…?では、あの調査の時にいたと言うのか?」
王都に来た次の日、私とアリアは獣王国の古代遺跡を調べる為の護衛として出かけた。
本来ならば数日かかる距離だが、アリアの転移魔法を使うことで一瞬で遺跡に近い国境へと飛ぶと獣王国へと入国した。
獣王国の研究者は元は王国から応援で行っていた者で、移住し研究を続けていた。
彼とは学生時代に知り合い、何度か護衛を頼まれた事があった。
古代遺跡の奥の方を調査したいが、奥は魔物も見かける事が多く私たちが依頼を受け同行する事となったが…
確かに、遺跡の奥で獣の死骸と怪我を負った小さい獣を保護したのは覚えている。
「あの遺跡の奥で発見された獣の死骸は獣人でな、シェリードの両親だった。
魔物に襲われた時に両親はシェリードを遺跡へと隠し、自らを犠牲にしたのだろう…」
自分を庇って命を落とした両親…なんとも残酷だ。
だが、何故その少年を私達が…と考え始め聖女殿の言葉を思い出す。
王家の血…
獣王国も王家の血を引く者が代々、王になると聞く。
つまり、王位継承争いが起これば彼も少なからず巻き込まれるわけか。
もしくは…既に巻き込まれている…?
「シェリードは王位継承権の放棄を望んでいるが、それは成人してなければ受理されない決まりになっていてな。」
獣王国もオステリア王国と同じ成人は16歳…
聞けば学園などには通っていなかったらしい。
「つまり、彼が安全に生きられるまで預かるという事だな?聖女殿の頼みならば断れまい。我が領地で構わないのか?」
「ああ、むしろクリスティア領地の方が良いだろう。」
聖女殿は我が領地ならば自然も多く、今の彼には王都の喧騒では心の傷が癒えないと考えているようだ。
「我が領地に預かるのは構わないのだが…彼には悪いが我が領地内で知り得た情報を漏らされては困る。」
“神に愛されし者“の事や、リリアの事もある。
もし彼が国に戻った際に情報が漏れれば、あの子達が危険な目に遭うかもしれない。
「分かっている、シェリードには私が今から誓約の魔法をかける。それで領地の事やあの子達は守れるだろう?」
聖女殿は特殊スキルを発動させ、シェリードに魔法の説明をする。
「これから行う“誓約“ は守らなければ、魂を奪われる恐ろしい魔法だ。」
「お願いします」
少年はすぐに返事をした。
「僕は王位継承権なんかいらないし、関わりたくない。僕のせいで両親は襲われた…僕が生きてるから…
僕は僕として…もう生きたくない。だけど、臆病な僕は自分で死ぬ事も出来ない…
僕が生きる世界を与えてくれるなら、僕は約束を守る事を誓います。」
少年の言葉を聞き、聖女殿は頷くと誓約の魔法を彼にかけた。
ーーーー少年の全身を金色の光が混ざった白い靄が包み込み、その靄は少年の体へと吸い込まれていく…
「次は名前を変えるよ?今日からお前はアレス・ハインツと名乗りな。」
聖女殿はシェリードにステータスボードを開かせ魔法でその名を書き換える。
聖女とはそんな事まで出来るのか…
「アレスが成人したと同時に王位継承権が放棄されるよう帝国で神殿契約を結んである。
だが、気が変わったらいつでも取り下げる事が出来るようにしてある。
誓約の魔法はクリスティア領地で知り得た情報を漏洩させない為だけの物だから、王位継承とは無関係だよ。」
少年は頷くと涙を流して感謝していた…
余程…辛い思いをしたのだろう。
名前を変えて新しい人生を歩んで行く事を…彼は望んだ。
それは両親から貰った名前を捨てると言う事だ。
「聖女殿、アレスの過去はリオンやリリアには隠した方がいいだろうか?」
私たちの孫は一緒に領地に住む。
事情を伏せるべきだが、私としては話すことで彼の力になれないかと思っている。
「ああ、あの二人ならば大丈夫だろう。だが、他の者には伏せてくれ。」
そして、明日…領地へ戻る際に教会に立ち寄って少年も一緒に行く事となった。
私の可愛い孫達は、おそらく喜んで彼を受け入れてくれるだろう。
二人が笑顔で少年ーーーアレスに接するところを想像して思わず微笑むと、アリアが隣で同じように笑顔を浮かべた。
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