全ての者の為に
夜会の翌日、私とリオンは教会に来ていた。
そう…聖女様にどうしても確認したい事があったのだ。
「おや、上手いこと終わったんじゃないのかい?」
聖女様が待つお部屋に入ると、聖女様は人払いをし紅茶を啜る。
私の顔が晴れやかでは無かった事に目敏く気づき、声をかけられた。
「聖女様は以前、私の問いかけに“この世界を自分の世界だと感じた事は無い“と仰いましたが……あれは本心だったのですか?」
そう問いかけながら、私は二冊の本を聖女様に差し出した。
聖女様は二冊とも受け取ると、自伝書の方を捲る。
「両方、読んでみたかい?」
聖女様の問いに、リオンは頷き…私は首を振った。
確認の為に断罪のページ付近しか読めていなかったからだ。
「自伝書は私の視点から書いたものだが、こちらの恋愛小説は違う…リオンは気づいたかい?」
私の問いに答える事なく、聖女様はリオンに問いかける。
それをじっと待っていると、聖女様は二冊を目の前のテーブルに置いて頁を捲った。
「物語の終盤、王太子と結ばれた辺境伯の娘は私じゃないんだよ…容姿が違っただろう?私のこの髪と瞳は生まれた時からだ…私は生まれた時から聖女になるべく生きてきたのさ。」
真っ白な髪を後ろに流し…鮮血のような真っ赤な瞳は私達を射抜く。
紅い瞳は“禁忌“だと、前世に読んだ物語に書いてあった。
この世界では恐らく聖女の特徴とされている色なのだろう…。
「生まれた時から聖女になるよう育った私に母国の国王は王太子を婚約者に充てがった…私がその国から出て行く事を恐れてな。」
昔を懐かしむような…それでいて、どこか怒りを孕んだ声で話し始めた。
「私は別にそんな事は望んでいなかったし、出て行く事も考えちゃいなかったんだがね。あとはその本の通りさ…何故か私は辺境伯の娘を害したと断罪されてね。」
「「え?」」
聖女様はフンッと鼻を鳴らし…断罪の頁をパラパラと捲って、本を閉じた。
「聖女はどの国にも属さないから、断罪されたところで罪には問われない…もっと言えば国王よりも権力を持っているからね。馬鹿な奴らさ…人を断罪しといて自分達がいざその立場になったら許してくれと懇願するんだから。」
聖女様の言う通り…確かに聖女の地位は不可侵と言える。
誰も手が出せない領域で生きているのだ。
「だけど、九年前に何故かこういう恋愛物が流行ってね?…お金になると思って主人公を…いや、視点を入れ替えたのさ。この物語通り、最後は辺境伯の娘が王妃になった…でもこれには悪役側の末路はなかったろ?そういう事さ。」
ふう…やれやれ、と聖女様は再び紅茶に口をつける。
その表情は晴れやかに見えるのは気のせいではないだろう。
「私はね…王太子とかそういうのに興味なんかないのさ。」
そう言って今度は私達が持参した焼き菓子を齧る聖女様。
その様子に私もリオンも顔を見合わせクスリと笑ってしまう。
「そうよね、聖女様は権力よりも顔よね?」
「いや、体つきもでしょ?」
私達も同じようにお菓子を齧って紅茶を飲むと、目の前の聖女様はキョトンとした顔をする。
「なんだい、よく分かってるじゃないか…若さの秘訣ってやつだよ。」
ドヤ顔の聖女様に吹き出しそうになるのを堪えながら、私達は暫くお茶を楽しんだ。
「そうそう、この後は王城で“婚約の儀“に呼ばれているんだが…二人も行くかい?」
紅茶のカップを置くと、聖女様は私達を交互に見やる。
この後の“婚約の儀“とは…恐らくリシェ様方とジュード殿下方の二組の婚約の件だろう。
両親しか立ち会えないのだが、聖女様の折角のお誘いなので喜んで頷いた。
王城へ行く為、聖女様は身支度を整えると言って部屋を出ようとする。
その背中に私は前と以前と同じ質問を投げかけた。
「この世界は聖女様の世界なの?」
聖女様は振り返ると唇が弧を描く。
「この世界は全ての者の為にあるんじゃないかい?」
質問を質問で返し、聖女様はさっさと部屋を後にしたのだった。
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「聖女様は悪役令嬢」それも面白そうですかなと思ったけど…よく考えたら、あるよね…そういう話。




