父親の苦悩
リシェ様を招き入れたお父様は、リシェ様を上座へと案内する。
それをリシェ様が断り、何故かお父様の向かい側に座った。
「突然すまない…だが、今度の夜会までにどうしても公爵と話がしたかったんだ。」
ソファーの背もたれに身を沈める事もせず、リシェ様は姿勢を正したままお父様を見つめた。
その様子にお父様はふぅ…と息を吐く。
「リナリアの事ですか?」
眉間に皺を寄せるお父様はリシェ様の話に見当がついていたようだ。
お父様の言葉に、ここ最近のリシェ様とリナリアを思い出す。
互いにとても楽しそうに笑っていたな。
「そうです。」
リシェ様は真面目な顔で頷くと、話を続けた。
「私はリナリア嬢の事を心から愛しいと思っている…出来る事ならばリナリア嬢を私の妻にしたい。」
どストレート!!
リシェ様の言葉にお父様は頭を抱え、リナリアは顔を真っ赤にし…目を見開き、両手で口元を隠している。
…あれ?なんでリナリアは驚いてるの?
そんなリナリアに熱い視線を送るリシェ様……ちょっと待て。
これは……まだ、本人に告白してないパターン?
嫌な予感がして、然りげ無くリナリアに近づき…私はサッとリナリアを背に庇う。
チラリと見たリナリアは少し涙目だ。
……公開告白は恥ずかしかったのだろう。
「…確認なのだが、私に話す前にリナリアには王太子殿下のお気持ちを伝えていたのでしょうか?」
眉間の皺を更に深めたお父様がリシェ様に問いかけた。
そう、そこ大事!
「いや、先ずは公爵に許可を貰わねばと…えっと…?」
何とも言えない空気を察したリシェ様はお父様と私を交互に見る。
どちらも笑顔なのだが…目は笑っていない。
「リシェブール王太子殿下、大変申し訳ないのだが………私の考えを述べても構わないかな?」
お父様が断ろうと途中まで話しかけたが、それも違うような気がしたのか…言葉を変えた。
リシェ様が頷くのを確認し、お父様は話を続ける。
「前の婚約で、私はリナリアを気遣う事も出来ず傷つけてしまってね…その時に決めたんだよ。次に縁談が来た時は、リナリアの気持ちを一番に考える…と。」
そう言って、お父様は私の背後のリナリアを見る。
リナリアは更に目を見開き…そして、その瞳は嬉しそうに細められた。
「私の許可の前に、リナリアに聞いて下さい。私はリナリアが決めたのならば反対はしません。」
再びリシェ様に目を向けたお父様は、真剣な眼差しでリシェ様に断言した。
そんなお父様に対し、リシェ様は更にピシッと姿勢を正すと頭を下げ…そして立ち上がった。
ゆっくりとリナリアに向き直ると、私の背後のリナリアに近づいてきた。
「リナリア嬢…少しばかり君の時間を私に頂けないだろうか。」
スッと膝をつくとリナリアを見上げ、手を差し出すリシェ様。
私のドレスをキュッと握り、リナリアは困り顔で私を見つめる。
…こんな時のリナリアも可愛い…抱きしめたい!
…って、そうじゃなかった。
私はリナリアの頰を両手で包むと、コツンと額に額を合わせた。
「リナリアはどう思っているのか…ゆっくり二人で話したら良いよ。どんな結果でも誰も咎めたりしない…正直に話す事が相手への誠意だとお姉ちゃんは思うよ?」
小さな声で囁けば、ドレスから手を離したリナリアが…私の両手に手を重ねて頷いた。
…はぁ、本当…天使のように可愛い。
「気にせず、思いっきりフってやれば良いよ。」
ニヤリと笑ってリシェ様を見ると、リシェ様は苦笑いを浮かべて「ちょっとは僕を応援してよ。」と呟いた。
そんな私とリシェ様の遣り取りにリナリアがクスッと顔を綻ばせる。
「お父様、少しだけ…リシェ様と二人で話して来ても宜しいですか?」
リナリアが顔を上げ、お父様に確認を取ると…お父様はニッコリと笑った。
そして…。
「あぁ、しっかりお断りして来て構わないから。」
黒い笑みを浮かべリシェ様に目を向けた。
リシェ様が顔を引き攣らせていると、その手にリナリアの手が重なる。
「では、参りましょうか。」
「あ…あぁ。よ…よろしく頼む。」
ニッコリと美しい笑みで応えるリナリアに、一気に頰を赤く染めたリシェ様。
二人が部屋を出て行こうと扉まで来たところで、背後からお父様の声が掛かる。
「王太子殿下、殿下が真っ先に私に許可を取りに来た事に対して私は嬉しかったです。殿下ならば私達の許可など無くても両国の国王陛下の許可さえ貰えれば良かったのでは無いですか?」
お父様の問いかけにリシェ様が振り返ると、首を振って否定した。
「無理矢理…結婚したい訳では無い。リナリア嬢には私と同じように私の事を好きになって貰いたいし、リナリア嬢の家族にも私達の結婚を祝福して貰いたい。私は王太子だが、リナリア嬢の前では一人の男として彼女を幸せにしたいんだ!」
リシェ様の真っ直ぐな気持ちに、お父様は口の端をフッと緩めた。
王太子としては問題発言だったけど、一人の男としてなら合格を出したいと思った。
……もぅ、別室に行かなくても良いんじゃ無いかな?
リシェ様の横に立つリナリアの顔が全てを物語っているでは無いか。
キラキラと輝くような…それでいてスッキリとした笑顔をリシェ様に向けたリナリアはとても美しい。
きっと、お父様も分かっているんじゃないかな?
二人が手をしっかりと繋ぎ、扉の先に消えていくと…閉められた扉を見ながらお父様は深い溜息を吐いた。
「リューク…良かったのか?」
両手で顔を覆っていたお父様に、お祖父様が問いかける。
お父様は顔から手を離すとお祖父様の問いに首を振る。
「良い…訳がありません。これからワインバル王国はエスティアトリオ王国に対し…賠償していかなければならない…そんな所に大切な娘を嫁がせるなんて父親失格だ。…だが、あんなに…あんなに嬉しそうに笑うリナリアを見てしまったら反対も出来ない。」
お父様は再び頭を抱えてしまった。
「…大丈夫ですよ、きっと。」
祖父母も両親も皆が頭を悩ませていると、リオンが軽い言葉で呟いた。
何を根拠に…と、言いかけてリオンが私と自身を交互に指差すと更にお祖父様を見た。
…そうか…。
「そうですね、きっと大丈夫です。」
リオンの言葉に私が笑顔で肯定すれば、更に家族は怪訝な顔をする。
「「だって、リシェ様は“神に愛されし者“だから。」」
そう…彼も同じ“神に愛されし者“なのだ。
彼が治める国は…その命が尽きるまで国を安寧へと導き、土地は豊かになり恵まれる筈だから。
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リナリアには幸せになって貰いたいのに、何故か茨の道になる…私のせいで。
でも、リオンが大丈夫って言ったら大丈夫なんだよ…多分。
この後の二人の話は、番外編として完結後に書けたらいいなと思います。




