やっぱり駄々漏れるリリア
「…何を驚いているんだ?」
驚く私を不思議そうに見るチャミシル辺境伯。
隣のリオンが苦笑いを浮かべて私の代わりに答える。
「チャミシル辺境伯が人身売買について知らないと思っていたみたいです。国防を担う辺境伯が知らないわけないし、穴が空いていた場所を考えたら可能性だって高いですよね?」
…え?リオン知って…いた…の?
恐る恐るリオンを見ると、目が合った。
リオンはすぐに私の視線に気づいたようだ。
そして…コテンと首を傾げる。
その顔から”バカなの?”と読み取れそうになって、私は慌てて首を振った。
…うん、気のせい!
「そうだな、穴の場所から真っ先に思い至ったのが獣人の密入国だった。更に探査魔法で得た情報からリリア嬢が”十体ほど”と言っていた事からも、あの穴から獣人が通り抜けたのだと思った。…陛下にあの壊れた塀の報告を上げた際にお伝えすると、すでに調査に乗り出していると言っていたが…君達の事だったのか。」
チャミシル辺境伯の話を聞きながら…言われてみれば国防を担う辺境伯が知らないわけも無いなと思った。
むしろ、被害を食い止める為にも協力をしてもらわなければいけないのだ…。
…なんで、知らないと思い込んでたんだろ?
………バカ…じゃ…ないと…思いたい。
「領地でも、この事について知るのはごく僅かだ。それに他に触れ回る事でも無いので、私が知っているとは思わなかったんだろう。」
チャミシル辺境伯は何故か私の顔を見て、困ったように笑むと…フォローするかのように補足した。
…顔に出ていたのかもしれない。
「…声に出ていたんだよ?」
「なんですと!?」
隣のリオンがボソッと呟いた言葉に、私は思わず叫んでしまった。
だって…だって…駄々漏れてたんだもん。
「あー…コホン。…この話が出たとなると娘が関わっているのは人身売買なのか?」
チャミシル辺境伯は一つ咳払いをすると、神妙な面持ちで問いかけてくる。
それに対し私とリオンは互いに顔を見合わせた。
言うべきか…?
「まだ、確実な証拠のない事なのです。」
リオンが困り顔で伝えると、チャミシル辺境伯は緩く首を振り「構わない、聞かせてくれ。」と私達を見た。
「首謀者はワインバル王国のメイカー公爵でした。その三男坊がオステリア王国のマッコリン子爵家に養子に入ったのはご存知ですね?」
リオンが説明を始め、それをチャミシル辺境伯とルービン先生は黙って聞く。
時折、頷きながら…とても真剣に。
「ライルという男なのですが、彼は獣人の人身売買の為にオステリア王国へ送り込まれたらしく…チャミシル嬢と恋仲にあったようです。更に前チャミシル辺境伯のご子息がメイカー公爵家におりましたので彼からも証言を頂きました。」
「ちょっ!?ちょっと待ってくれ!…え?…恋仲?…父上の子息…!?…あのクソ親父、他所でも子供作ってやがったのか!!」
リオンの説明を慌てて止めたチャミシル辺境伯は、混乱し…素が出てしまっている。
少し落ち着くまで待つと、チャミシル辺境伯は続きを話すように促した。
「…ご子息の事を見つけたのがチャミシル嬢だったとの事です。」
「え?ちょっ…え?」
続きを話し出したリオンに、再び困惑するチャミシル辺境伯。
ルービン先生が見兼ねてリオンに続けるように言った。
「メイカー公爵の証言に拠ると、ロマネス殿下と共に現れた令嬢が国境の壁を壊す手伝いを買って出たそうです。更に信用してもらう為、ご子息…ペルノをメイカー公爵に渡した。彼は雑用係として公爵家にいたのです。」
リオンの話を聞きながら、私はメイカー公爵家に乗り込んだ日の事を思い出していた。
あの…痩せ細ったペルノを。
「…何故、娘だと言える?」
落ち着きを取り戻したチャミシル辺境伯は、今度は睨むようにリオンを見て問いかける。
その目付きに胃がキュウっとなったが、リオンは全く気にした風も無く答えた。
「ペルノの風貌はチャミシル様によく似ておりました。彼に似た令嬢が協力を買って出たと証言したのです。」
「それで娘だと断言するのは些か無理があるのではないか?」
メイカー公爵の証言を元に伝えると、納得いかないと言った顔で更に睨まれる。
「ですから、最初に現時点では確実な証拠が無いとお伝えしたのです。…ペルノに会ってみたいですか?」
チャミシル辺境伯の恐ろしい形相も、全く気にしないリオンは淡々と答えた。
メンタル…強っ!
「会える…のか?」
リオンの言葉に、暫し悩んでいたチャミシル辺境伯だが…やはりペルノが気になるらしい。
まぁ、腹違いの弟だしね。
「えぇ、僕達の使用人になりましたから。」
「…は?…使用人?」
笑顔で答えたリオンに対し、チャミシル辺境伯は吃驚するほど間の抜けた声をあげる。
「そうです。スカウトしたら引き受けてくれましたので!」
ふんっと鼻息荒く答えるリオン。
…そういう答えで良いのか?
「そ…そうか…。まぁ、本人が良いのなら…良いのか?」
悩みながらも何やら納得するチャミシル辺境伯に、リオンは首を傾げた。
「え?返しませんよ?」
…今のは、そういう話だったのかな?
よく分からなくなってしまったが…とりあえず、領地に戻る際に会わせる約束をした。
公爵家の領地にいるペルノには急ぎ手紙を書く事にする。
話したい事は、まだまだ沢山あるのだが…えらく長居をしてしまったのでそろそろお暇する事にした私達。
だって、チャミシル様が帰ってきちゃうと困るしね。
因みに今日、私達が訪問した事は使用人にも口止めし…チャミシル様には内緒にしてくれるそうだ。
「次に会った時、この件に関する話をもっと詳しくしようじゃないか。」
そう言って見送ってくれたチャミシル辺境伯は、お出迎えしてくれた時より少し老けて見えた。
…娘を持つ父親というのは悩みが尽きないようだ。
そんな事を考えていると隣のリオンもウンウンと頷いていたので、どうやら同じ事を思ったらしい。
「…違うと思うのだが?」
向かいに座るルービン先生が何やら呟いているようだったが、その声は小さく…私達の耳には届かなかった。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます。
最近…過去の話を全てリオン視点にしたらどんなかな?とか思い始めたけど…。
それは完結してからにしようかなと考え直しました。
脱線するとブレるし書けないので…。
…でも、次に書きたいネタは別にあるのです。




