農家のおばちゃんスタイル
緑に覆われた森林の中を二頭の馬が駆ける。
心地良い自然の香りに包まれ、空を見上げれば…もうすぐ冬だとは思えないほど暖かな日差しが樹々の隙間から私達へと注がれている。
…療養には持って来いな場所だと思う。
まあ…だから、ハンザン様は此処で療養しているって話なんだけどね。
「ライルの話を信じて良かったのかしら…。」
私の問いかけに、リオンは無言のまま…私と同じような表情を浮かべる。
全部を吐き出したライルだが…それが真実かは別問題なのだ。
罠かも知れない…と、今日は私とリオンの二人だけで此処まで来た。
…馬車にしようと思ったんだけど、時間がかかるからって自分で手綱を握るなんてね…。
因みに後から馬車も来ます。
だって、ハンザン様をお持ち帰りできないし。
マッコリン子爵家の別荘はチャミシル辺境伯の領地にある。
此処まで来るには馬車だとほぼ一日かかってしまう。
せっかちな私とリオンは、ワインバル王国から鍵が届くとすぐに出発した。
件の鍵の束はクロード殿下とリシェ様がワインバル王国から取り寄せてくれた。
ライルの証言を伝えると、ワインバル王国側でも鍵を確認したそうで…証言通りメイカー公爵の本邸の離れと別荘の両方共が鍵で開いたらしい。
中には証言通り檻や薬が置いてあったとか…。
ならばライルの証言を信じても…とは思わなくも無い。
でも、私なら嘘は真実に紛れ込ませるのが一番だと思っている。
自分でも性格が捻くれている自覚は勿論あるけど…用心に越した事はない。
信じきれない所が…私がヒロインでは無く悪役令嬢だからなのかも知れないわね。
「あそこだ!」
開けた場所に出ると、その先にポツンと邸がある。
こじんまりとはしているが、手入れがされているようで外観や庭も綺麗だ。
邸の門まで来たが…人の気配は無い。
普通ならば門番や使用人が居てもおかしくはないのだが…?
門を潜り、エントランスまで来ると…邸の裏の方から人の気配を感じる。
「…使用人…かな?」
リオンと顔を見合わせ、邸の裏側へと移動すると…家庭菜園レベルの畑に人影が見えた。
首にタオルを巻き、頭には麦わら帽子。
腰にもタオルを引っ掛け、肘から手首まで腕ぬきをし…手には手袋。
足は長靴のような感じのブーツを履いている。
…一言で言うと、農家のおっさんスタイルだ。
いや、どちらかというと…おばちゃんスタイルに近い…男性だけど。
「あのー……。」
どうしたものかと悩みながらも声をかけると、男はクルリと振り返った。
……日に焼けてはいるが、姿絵と同じ顔をしている。
「ハンザン・マッコリン様でいらっしゃいますか?」
恐る恐る…名を呼べば、男は目を見開き手に持っていた鎌は地面へと落ちた。
「「………?」」
固まったまま動かなくなってしまい、私とリオンは顔を見合わせると…互いに首を傾げた。
ライルの話では特殊な魔法で邸には鍵が掛かっていると聞いていたのだが…何故かその邸からハンザン様は外の畑に出て作業をしている。
……なんで?
私もリオンも訳がわからず首を傾げていると、ハンザン様はハッと我に返り…猛ダッシュで邸へと駆け込んで…お勝手口の戸がパタンッと閉まった。
「「……!?」」
一瞬の事で直ぐには理解出来ずにいた私とリオンだが、暫くするとハッとし…気づく。
「「お勝手口には魔法がかかってない!?」」
…いや、そんな…まさか…窓とかもあるし…と思いつつ邸の窓を見ると全てに謎の鉄格子が嵌っていた。
いやいやいやいや…それにしたって、お勝手口を見逃すとか無いでしょ。
……いや、貴族ならあるのか?
有り寄りの有りって事なのか?
使用人がどうやって出入りしてるとか知らないって事が…まさか、あるのか?
「…とりあえず、僕達も中に行ってみる?」
閉ざされたお勝手口に歩み寄り、ドアノブを回せば…簡単に開いた。
「「んんっ!?」」
私もリオンも思わず口を引き結ぶ。
「「田舎のお家かっ!!」」
そうツッコミを入れ、お勝手口から中に入った。
ーーーパタンッーーー
前世…実家のお勝手口を思い出させる懐かしい響きだった。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます。
遅くなってすみません。
腕ぬきの事…“てっこ“って言ってたけど、方言だったのね。
しかも地元と全然関係ない地域の方言でした!
…何故だ?




