上に立つ者の在り方
「旦那様がお呼びです。すぐに旦那様の書斎に来てください」
スティーブはそれだけ言うと目配せしエイミーを促した。
職務中に自室に戻るなど考えられないと冷めた目をする
書斎に行くと、すぐに入室の許可が出た
旦那様と奥様の他に、大旦那様と大奥様…あと数人の侍女が控えていたーーー
書斎の隣の部屋で読書をしていた私とリオンは物々しいなと壁に耳を当ててみた。
もちろん、声は聞こえない。
聞こえるのは扉が開け閉めされた音と人が動く音くらいだ。
リオンと顔を見合わせて手を繋ぐと「隣の声を聞かせて」と念じる。
どうしても知りたいって思う時にこうすると聞こえてくることがある。
魔法の一種なのかなと思う。
「エイミー、君に暇を出す。」
「なっ!どう言う事ですか!?」
ご主人様であるお父様に反論するとは、公爵家の侍女として有るまじき行為である。
「君は侍女長として…いや、この邸に相応しくない人間だとわかったからだ。」
お父様は淡々と告げるが、エイミーは何か喚いている。
何を言ってるのか聞こえるのに理解できないって言葉あるよね?そんな感じだ。
「今日までの給料は出すが、君にはある誓約書を書いてもらう!」
「なっ…当たり前だわ。働いた分の給料はもちろん、不当解雇だから慰謝料だってもうらうわよ!」
バシンッ!
一瞬、叩いたような音に聞こえたが…これは怒った時のお祖母様が扇子を閉じた音だ。
これは…まずい!
思わずリオンと顔を見合わせて、怒られた時を思い出し身震いしてしまった。
「慰謝料?こちらが頂きたいくらいなのだけど?」
お祖母様の冷やかな声が響いた…
隣の部屋でもヒンヤリする。
「貴女に書いて頂くのは横領した金品に関する誓約書と、リーマスに行った猥褻行為に関する誓約書です」
「な!何のことです?」
エイミーは明らかに動揺した声を出して反論した。
「貴女が宝飾品を盗んでいた事は分かっています。」
お祖母様の言葉の後にジャラジャラと何かが床に落ちる音が聞こえた。
宝飾品だろうか?やけに多いな。
「ちっ違います!これは私の物です!」
明らかに無理のある言い訳をするエイミー。
そんなに仕事中に持っていたらおかしいだろうに…
「こちらに宝飾店の請求書と、納品書があります。納品書には宝飾のデザインの写しも書いてあるのよ?」
「…あぁ…」
ドサっと力なく崩れ落ちる音が聞こえた。
「もっと問題なのはリーマスの事よ?ここでした行為は全て貴女の父君に報告します。」
「そんな!困ります!」
「自警団に突き出さないだけ宜しいのではなくて?」
長い沈黙が続いた…
お兄様に猥褻行為って…最低だな。
気持ち悪さから顔を顰めると、リオンも同じ顔をしてこちらを見てきた。
「公爵家としても穏便に済ませるために、こちらの誓約書にサインしてもらう。
宝飾品は残っている分は返してもらうが残りは君のご実家で返済してもらう旨、君の父君に信書を送ってある」
「そんな…」
お父様の厳しい声が響き渡る。
「あと公爵家で働いて知り得た情報を漏洩させたら、契約時に書いてもらった誓約書の通りに遂行させるので肝に銘じておくと良い」
「契約時の誓約書?」
思い出せないのか何かブツブツと発している。
「こちらは君と、君の父君と、私の手元にある」
「あっ…!」
何かを思い出したのだろうか?それにしてもどんな内容なんだろう?
賠償金なんて生温い事はしないだろうし…
保護者まで巻き込むとは?
「は…い。絶対に漏洩しないと誓います。」
…どんなに恐ろしい内容なのだろう?
横領や猥褻行為の時と違ってすぐに従ったな…
「以上だ、今日中に荷物を纏めて出て行きなさい。」
優しいお父様とは思えないほど冷徹な声で話は終わった。
暫くすると誰かが部屋から出ていく音が聞こえ…
お父様が小さく呟いた。
「私の前では…しっかりと働いているように見えたのですが、まさかこんな事をしていたなんて…」
その後に盛大な溜息が聞こえた。
「お前はもう少し違う角度で人を見るべきだ。
そして、忙しさを理由に妻や使用人に任せきりでは公爵家の当主になったとは言えないぞ?」
お祖父様の厳しい声が聞こえ、思わず頷いてしまった。
隣のリオンもうんうんと頷いている。
「リューク…私もいけなかったの。ちゃんと相談していればこんな事にはならなかったわ」
お母様の声が聞こえたけど、どこか不安そうに震えている。
無理もない…お兄様に心の傷をつけるレベルの事をしたのだ。
なぜ、誰も気づかないし報告もしないのだろうか?
お母様や使用人が報告していれば早期解決できたはずだ。
そもそも…このお邸は会話が少なすぎる。
領地にある本邸では祖父母にリオン、邸の使用人達も皆がよく話す。
この邸は…寂し過ぎるのかも知れないな。
「リューク、貴方は今以上に人を見る目を養いなさい。困ったら執事を上手く使うのよ?
それと、ちゃんと家族と話をなさい!」
「執事…スティーブですか?」
お祖母様の言葉に、お父様はどこか覇気のない返事をした。
「そう…本邸の執事・セバスチャンの息子だから、貴方につけているのよ。
家の事もまともに出来ないのに国の事など出来るはずはないわ。
上に立つ者ならば、人の使い方を上手くなりなさい!」
お祖母様…カッコいい事を言うな!
そうなの!上司は人を使うのが上手くないとダメなの!
そうでなければ部下は迷子になる
そして付いて行かなくなるのだ。
本物の上司は使ってる事すら部下に気取られない。
そんな人を前世の私は何人か知ってる…
とても良い上司だったな
お祖母様の言葉をキッカケに前世の自分に浸ってると、リオンに腕をツンツンされてしまった。
「そろそろ読書に戻ろ?」
リオンの言葉に咳払いを一つして頷くと、壁から離れてソファーに座り直す。
そして…お父様の名誉の為に、この出来事を聞かなかった事にして何事もなかったように本を読む事にした。
お父様…貴方もやはり貴族の息子。
あの祖父母に育てられたとは言え、どこか自分に甘さが出るのだ。
子供では分からないそれも、親からは一目瞭然なのかもしれない。
将来、起こるであろう断罪を回避するためにも私も人を見る目を養わなければ!