思い出す為に
「王族に仕える者が人様のお邸で泥棒ですか?」
突然の明かりに目が眩んだのか、男は目を覆うようにして立っている。
ジュード殿下の侍従だ。
彼は夜会が始まるとジュード殿下と共に会場に居たが、いつの間にか姿を消していた。
他の貴族の侍従は待機部屋に案内されるが、王族だけは違う。
常に王族を守る為、傍で控えてなければならないのだ。
それなのに姿が無かった事に違和感があった。
「お前…ここの使用人か?夜会の最中に何をしている!戻らなくて良いのか!?」
私の姿から勘違いした男は、何故か偉そうに怒鳴り散らしてきた。
…コイツ…あんまり頭良くなさそうだな…と、私はジト目で彼を見つめた。
「どこの世界に泥棒してるのを放って夜会に戻る使用人がいるんですか?」
そう声をかけると、男は光に目が慣れたのか…その目を見開き私を見た。
顔は…整っているな…と、私はどうでも良い事を思った。
……待って?誰かに似てないか?
その顔立ちが…何処となく誰かを連想させた。
だが、思い出せない。
「誰だっけ?」
思わず声に出し、男の顔をマジマジと見る。
…思い出せない。
「何の事だ?お前はさっき王族に仕える身とかほざいていただろう!」
「あっ、それとは別の事です。貴方がジュード殿下の侍従なのは存じてますから…そうじゃなくて……うーん?」
男が再び声を荒げるので、それを制し…再び考える。
アレだよ…あの顔!
顔は思い出したけど…名前が出ない。
「ごめんなさい、ちょっと良いですか?」
そう言って私はサッと彼へと近付くと、思い切り足で股間を蹴飛ばす。
「ぐぉっ!?」
不意打ちで股間を蹴られた男はその場で蹲った。
その顔で思い出す。
「あぁ!ワインバルの公爵に似てるのね!…あー、スッキリした。もぉ、早く言ってよね?思い出せなくて気持ち悪かったじゃ無い!!」
そう言いながら木魔法で彼の体に蔦を巻き付ける。
彼は股間を押さえたまま蔦に巻かれ…それでも声が出せない程の痛みだったのか、口をハクハクさせている。
「そうそう、私は使用人では無いわよ?今日の主役、リリア・クリスティアです。」
笑顔で挨拶をすれば、彼は顔を上げ私を見つめ…そして気絶した。
レディの顔を見て気絶とか…失礼だと思う。
「リリア様!!」
ムゥッと膨れていれば…書斎の扉の外からマリーが呼びかけてきた。
男に絡まった蔦の端を持ち、私はズルズルと引き摺りながら扉まで来ると鍵を開けた。
マリーが慌てて中へと入り、私を自身の背に隠すと周囲を見渡した。
そして……コテンと首を傾げる。
私やリオンの癖がマリーにも移ったらしい。
「おい、鼠ってのはどこにいるんだ?」
マリーの背に庇われた私の頭の上から野太い声の男性が声をかけてきた。
見上げれば大きな……大きな…何だろう?
大五郎…的な名前が似合いそうな、厳ついおっちゃん?
「リリア様、お怪我は?鼠はどちらに?」
マリーは私へと振り返ると、心配そうに私を見つめた。
その優しさに思わず顔が綻ぶ。
「私は大丈夫よ?それと……鼠はマリーの足の下に居るわよ?」
そう…マリーが私を背に隠し前に踏み出した瞬間から男はマリーの足の下に居たのだ。
自身の足の下に男がいるのが分かったマリーは驚いたのか無表情のまま、その場で飛び跳ねた。
そして慌てて男から離れる。
「お?コイツか?身元は分かってんのかい?」
言葉遣いも大五郎なおっちゃんは、真っ先に鼠が何者かを聞いてきた。
その聞き方は…騎士というか刑事というか素人では無いなと思えた。
「ジュード殿下の侍従です。そして…恐らく彼はワインバル王国の公爵家の血縁者です。」
先ほど確認した顔は、変態公爵を連想させた。
蹴飛ばし…悶絶する顔はそっくりだった。
「で?リリア様はどう仕留めたんです?」
ピクリとも動かず気絶してる男をマジマジと見ながら大五郎さんは私へと問いかけた。
…もう面倒だから大五郎さんと呼ぼう。
「急所を一発、蹴飛ばしました。」
私の答えに大五郎さんはヒュッと息を飲み、渋い顔で私を見た。
マリーも怪訝な顔をしている。
「顔が思い出せなくて、確認の為に蹴飛ばした次第です。」
「急所を蹴飛ばすと分かるものなのか!?」
簡単に説明すると、大五郎さんは青い顔でツッコんできた。
この男に限っては…これが一番思い出せると伝えると、何故か震え上がる。
「他の方にはしませんよ?」
「当たり前です!!」
私は言い訳みたいに呟くと、今度はマリーがツッコんでくる。
「急所を蹴るだなんて…アレス様が聞いたらどうなる事やら…。」
夫になったばかりだが、今後は私の事はアレスに相談するらしい。
マリーはどう説明しようかと悩んでいるようだ。
「大丈夫よ!アレスも一度見ているし!」
そう言って力強く頷けば、マリーは目を見開いた。
「前にもなさったのですか!?」
珍しくマリーが大きな声で叫ぶ。
これは…言ったらダメなやつだったと悟り、目を逸らした。
「リリア様…今はパーティーの途中ですから見逃しますが、後日改めてお話致しましょう!」
良い笑顔で私に微笑みかけるマリーは、とても怖かった。
その恐怖に私の頰がヒクヒクと動く。
「じゃあ、俺はとりあえずコイツを運び出すわ!」
大五郎さんは私とマリーの会話に苦笑すると、持ってきていたシートを広げ男を包み…肩に担いだ。
見た目通りの逞しさだ!
「では、私達も戻りましょうか。」
マリーは良い笑顔のまま退室しようとしたので、私は慌ててお父様の机へと向かう。
頼まれていた閉幕の挨拶が書かれた紙を持つと、部屋を出た。
お借りしていた鍵で扉を施錠する。
こじ開けられた鍵穴でも大丈夫だったようだ。
そして、再び控室に戻ると…マリーは信じられないスピードで私の支度を整えるのだった。
ブクマ・評価・感想・誤字報告ありがとうございます。
全国の大五郎様へ
勝手なイメージでお名前をお借りし、申し訳ございません。




