リオンの番
「え…」
「にゃぁぁぁーーーッ!?」
リオンが吃驚した声をあげようとした時、それよりも驚いたキャティ様が叫び声をあげる。
キャティ様は自身のステータスボードとリオンを交互に何度も見返し、最終的には聖女様を見た。
聖女様はキャティ様の驚きぶりに苦笑すると、キャティ様の側に寄りステータスボードを覗き込む。
「ふむ…思った通りだね、二人は“運命の番“だ。」
どうやらリオンとキャティ様は思った通り“運命の番“だったようだ。
むしろ互いにそこまで惹かれあっていながら違うという方が可笑しい。
「にゃっ!にゃにゃ!?」
キャティ様は未だに驚きを隠せないのか、リオンを何度も見ては鳴いていた。
そんなキャティ様を嬉しそうに見つめ返すリオン。
「じゃぁ…これから宜しくね?とりあえず、僕のお家に行こうか。」
「「「なんでだよ!」」」
リオンがサラッと爆弾発言をするから思わずツッコミを入れれば、何故かアレスも聖女様も同じようにツッコミを入れていた。
三人にツッコミを入れられたリオンは「あはは…本気だよ。」と言うので、ベシッと頭を叩く。
「王都の別邸には連れて行かないわよ?」
「え?なんで?何言ってるのリリア…キャティは僕の“番“なんだよ?」
私が怒ると、リオンは信じられないものを見る目で私を見た。
そんなリオンに私は深い溜息を漏らすと呆れた顔でリオンを見る。
「王都の別邸には今、リシェ様が居るでしょうが!…あの方には会わせない方が良いと思うのよね。」
私の言葉にリオンは「あぁ…。」と嫌な顔をしたかと思うと不思議そうに首を傾げる。
キャティ様は訳も分からないまま不思議そうな顔で私とリオンを見比べていた。
「…これからの話を少ししましょうか。聖女様も聞いていただけますか?」
私はリオン、キャティ様、アレス…そして聖女様の顔を見た。
聖女様はお茶と私が持参したお菓子を摘みながらソファーに深く座り込む。
これを聞いてくれるサインだと受け取った私は話し始めた。
「キャティ様には是非、我が公爵領の領地で静養して頂けたらと思います。自然が多い場所で静かなところですし、使用人達も一流ですから安心してお過ごし頂けるかと思います。」
私の提案にリオンは少しだけムスッとしたが、キャティ様はコクンと頷く。
隣に居たアレスは「良い所だよ。」とキャティ様に話しかけてくれた。
「次にリオン!キャティ様で胸がいっぱいなのは分かるけど、目が曇っているんじゃないの?」
「はぁ!?僕の目はいつだって透き通るほどにクリアだよ!」
私の言葉にイラッとしたリオンが言い返すが、私はそれに笑顔で答える。
「なら、何故…リシェ様を避けると思う?」
「え?女タラシだからでしょ?」
リオンに問いかければ直ぐに答えを返してきた…が、そうでは無いと首を振る。
私がジト目を向けると…リオンはムッとした顔をしたものの暫く考え込んだ。
「リシェ様の事だろ?……今はオステリア王国で調査報告を待ってるって言ったっけ?」
頭の中で一つ一つ整理するように小さな声で呟くリオン。
それを私達は黙って待つ。
「そもそも…王太子殿下って、隣国に直ぐに来れるものなのかな?」
「おっ!ちょっとは冴えてきたんじゃ無い?」
リオンの言葉に私が声を出すと、リオンが「ちょっと黙ってて…。」と再び考え始める。
私の答えを聞く前に自分でも考えるリオンはやっぱり優秀だなと思う。
「王太子殿下なのに…自ら動く理由?…あと、気になっているのはクリスティア家に滞在している事くらいか…。」
どうやら答えが纏まって来たように思う。
もう大丈夫だなと、リオンに抱かれたキャティ様に目を向ける。
紫がかったシルバーの毛並みに淡い碧い瞳が、上品なのに愛らしい。
思わず手を伸ばしてソッと頭を撫でれば、ビクッとした後に心地良さそうに目を細める。
か…可愛いっ…!!
思わず抱きしめたくなっちゃうリオンの気持ち…分かる!
さっきの動揺した姿も可愛かったな…もっと愛でたい…。
「ちょっと!答えが分かったからキャティから離れて!」
触っていた私の手をベシッと叩くリオン…しかも、然りげ無く呼び捨てになっているし。
思わずムッとして睨むと、リオンはハッと気づき…困った顔をする。
「…ごめん、リリアの言う通りだ。僕…キャティに夢中になり過ぎてるかも…どうしよう。」
そう言って私に謝罪したリオンは、キャティ様の顔を覗き込んだ。
心なしかキャティ様の顔が赤く見えるが、気のせいでは無いだろう。
自分に夢中で周りが見えない的な事を言われたら誰だって赤面してしまう。
リオンのように整った顔の青年に言われたら堪ったものじゃない。
「にゃっ!」
口をパクパクさせたキャティ様は小さく鳴くと顔を隠すように丸まってしまった…可愛すぎる!!
「…で?答えって何だい?」
私達の遣り取りを興味ない顔で見ながら、手元のお菓子を食べ続ける聖女様がリオンに答えを催促した。
リオンも慌てて聖女様を見る。
「そうですね…恐らくリシェ様は今回の件の関係者です。それも悪い方の…。」
その答えに私も聖女様も満足そうに頷くと、リオンは険しい顔になる。
アレスも同じように険しい顔になった。
「リシェ様が何故、クリスティア家にいるのかは…恐らく私達の動向を探るため。本来なら同じ公爵家である外務大臣のマッカラン様のお邸に泊まるはずよ?」
私の言葉にリオンが頷くと、今度はリオンが話し始める。
「事件の調査に王太子殿下自らが来るなんて可笑しいよね?クロード殿下ですら僕達の領地に来るのに色んな手続きが必要なんだから。」
そう…あの時にもっと警戒するべきだったなと思う。
女タラシを装いクリスティア家に来たのも…今日、此処に一緒に来ようとしたのも…。
「ただ…動機が分からないのよね?…ロマネス殿下を貶めたところで、すでにリシェ様は王太子殿下だし。」
そうなのだ…彼の動機がイマイチ分からないから、勝手に除外していたけど…どう考えても彼が一番怪しい。
第二王子派の公爵家とロマネス様を同時に失脚させるには絶好のチャンスだが…それをする意味が彼には無いのだ。
「…誰しもお前さん達のように考えられる訳じゃないさ…。」
考えに詰まっていると、聖女様がサクッとクッキーを齧りながら呟いた。
私達のように考えられない…って事かな?
うーん…?
ついつい考え込んで、コテンと首を傾げるとリオンの頭にぶつかってしまう。
昔からよくやってしまうから、思わずリオンを見れば…互いにクスリと笑い合う。
「…あっ!」
リオンと頭をぶつけた事で何かを閃いた私は思わず大きな声を出してしまった。
隣のリオンも、その膝にいるキャティ様もビクッと肩を震わせる。
「リシェ様は私達と同じ“神に愛されし者“だわ!…リシェ様が王太子殿下になったのって…?」
私の答えに聖女様は満足そうに頷く…どうやら正解のようだ。
すると聖女様がリシェ様がどのようにして王太子殿下になったのかを教えてくれた。
「リシェブール王太子殿下は、七歳の時に“神に愛されし者“と分かった。そして直ぐに彼は王太子に選ばれた…彼の意思も聞かずにだ。」
“神に愛されし者“はその土地を安寧へと導く…つまりリシェ様がそうだと分かれば、彼以外に次期国王は考えられないだろう。
その時には既にロマネス殿下も生まれていた。
第一王子だから…では無く、リシェ様は“神に愛されし者“だから王太子殿下になったのだ。
「二人のように、誰しも嬉々として受け入れられる事ではないのさ…中にはずっと秘めている者だっている。“神に愛されし者“が必ず生まれてくるのはオステリア王国のクリスティア家と帝国の某伯爵家だけで、後はいつどこで生まれるのかも予測はつかないんだよ。」
ズズズッとお茶を啜るように紅茶を飲む聖女様…クッキーに紅茶ではなく、煎餅にお茶の方が似合いそうだ。
聖女様の言葉を聞き…私は暫し考えた。
自分がもしリシェ様の立場だったら…第一王子だから選ばれたのではなく、“神に愛されし者“だから選ばれた自分。
しかも幼少期…。
周りからは期待ばかりを押し付けられ…厳しい教育を受ける。
自身の弟は好き放題に遊ぶ姿を見続けたら?
決して選ばれない王子を羨む?それとも…憎むのかな?
…そして、自身を選んだ陛下も…その国も全てを憎んだとしたらどうなるだろう?
ちょっとした遊びのつもりだった?…違う、遊びでこんな事は出来ない。
だって…獣王国を敵に回すなんて…。
「………だから、陛下はクロード殿下に任せたのでしょうか?」
私の問いかけに聖女様は不味い物でも食べたかのように嫌な顔をした。
どうやら思い当たるらしい。
「子供達の…仕出かした事として片付けられるように?」
「…子供達ねぇ…。もう成人してるじゃないか…子供達だけのせいにするには無理があるってもんだよ。」
私が困った顔で聖女様を見ると、聖女様はふぅっと息を吐いて優しい顔に戻る。
「…リシェ様は…ワインバル王国を潰す気なのでしょうか?」
そう…私の行き着いた答えは最悪のものだった。
ロマネス殿下が嗾けたかのようにして…獣王国とワインバル王国を敵対させる。
ワインバル王国の戦力では獣王国には敵わない…。
彼は自国さえも潰すつもりなのだろうか?
「それを止めて欲しいんじゃないか…リシェブール王太子殿下を止められるのはクロード殿下や二人だと陛下は思ったんじゃないのかい?」
オステリア王国は本当に巻き込まれただけだ…いや、もしかしたらオステリア王国も一緒に潰そうとしたのかもしれない。
それよりも、オステリア王国が獣王国と手を組んでもおかしくは無かった。
「……なんて面倒な事に…これは…もう…。」
「…うん、これはもう…。」
私とリオンが溜息混じりに呟くと…聖女様は私達が手を引くと思ったのか…慌てて立ち上がろうとする。
「「より良い爵位を頂かないといけないね!」」
私達の言葉に立ち上がりかけた聖女様はそのままストンとソファーに腰を落としたのだった。
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