一つの恋が終わる時
リナリアの私室の前…ノックをしようと手を上げると、血が滴っている事に気づく。
先ほど、お父様を思いっきり殴ったから私の拳も傷がついたのだろう。
持っていたハンカチで手を押さえて、反対の手で扉をノックした。
「リナリア…お父様から聞いたのだけど…。」
部屋からの返事を待ち、そぉっと部屋に入り声をかける。
泣いているのだろうか…と心配だったが、どうやらソファーに座っているようだ。
「ふふっ…私は大丈夫です。」
クッションを持ちソファーに深く座ったリナリアが顔を上げて私を見る。
その目は少しだけ赤らんでいた。
「無理してない?」
私の問いかけにリナリアはゆるく首を振る。
どこか…諦めた顔をするリナリアに私の方が胸が苦しくなった。
「お父様に言われる前から…いつかはこんな日が来るんじゃないかって思ってましたから。」
儚げに微笑むリナリアはとても美しい少女へと育った。
一般教養も、王族の勉強もいつだって一生懸命に取り組んでいたのを知っている。
いつの間にか来なくなった婚約者へも定期的に手紙を送っているのも知っていた。
「お父様に婚約を白紙に戻すと言われて…もっと取り乱してしまうかと思いましたが、案外…平気なんです。」
リナリアの隣に座り、リナリアをソッと抱きしめると…ビクッと一瞬震え…私の方へと頭を傾ける。
その頭を優しく撫でれば、リナリアが私の腰へと腕を回してキュッと抱き締め返された。
「ジュード殿下に…恋をしてました。ずっと慕っているのだと思っていました…でも、気づいてしまったんです。」
ポツリポツリと話すリナリアが、少しだけ言葉に詰まり…ギュッと唇を結ぶ。
次の言葉を紡ぐまで私は優しく頭を撫で続ける。
「初めて出会った頃の輝きが既に無い事に…いつの間にか恋という気持ちから意地に変わって…私に残ったのは“第二王子の婚約者“という事実だけ…。」
幼い頃の恋心がいつの間にか褪せてしまったのかもしれない。
それでも王族の婚約者という立場で勉強は続けていたのか…。
「少しの涙だけで…私にはもうジュード殿下への恋心は無いのです。」
私よりも幼いはずのリナリアが、私よりもずっと大人に感じた。
一つの恋が終わってしまったからなのか…。
「もう…本当にいいの?」
それでも聞かずにはいられなかった…だって、ずっと慕っているのを知っていたから。
ずっと好きだと思っていたから、反撃せずに証拠だけを集め続けていたけど…。
それを使う日が来ない事をずっと願ってもいた。
「はい!私、どうやら切り替えが早いみたいです。」
晴れ晴れとした笑顔を向けられ、思わず苦笑してしまう。
こういう時、男性よりも女性の方が切り替えが早いと思う。
いつまでも引きずらず、吃驚するほどあっさりと次に行ってしまうのが女性だ。
「……リナリアが傷ついてなくて良かった。」
リナリアの頭をソッと抱えて、その滑らかな髪を梳く…こんなに美しいのにね。
「次の恋は…リナリアが幸せになれる恋になると良いな。」
ポソッと呟けば、私の胸でクスクスと笑うリナリア。
なぜ笑っているのだろうかと不思議に思い顔を覗き込むと、リナリアはニッコリと微笑んだ。
「次は私が相手を幸せに出来る恋がしたいです。」
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誤字が多くて…とても助かってます。
今日は短めですみません。




