大猪の美味しい食べ方
それから四日が経ち、私とリオンは師範代試験へと移った。
昨日の報告で、準師範は問題なさそうだという話になったようだ。
森の深くまで来た私達だが、予定していた魔獣以外は殆ど遭遇する事なくここまできた。
「では、探索へと向かいます。暗く見通しも悪いので注意しながら進んで下さい。」
木々が生い茂り、太陽の光が殆ど入らない森の中をゆっくりと進む。
今日初めての獲物はどうやら大猪のようだ。
この大猪…意外にもお肉が美味しくて、食べれば豚と間違えそうなくらいなのだ。
班長とジン様に相談して、一部を買い取らせてもらい…帰ったら色々と作ってみようかなと思ってます!
やはり“とんかつ“や“生姜焼き“は外せないよね?
薄切りにして“しゃぶしゃぶ“にしてもいいし、チーズと巻いてフライにしても美味しいかな?
味噌があれば“豚汁“も良いな……って、勿論作ってますよ!
幼い頃に前世の記憶が戻った事で色々と作る事ができました。
田舎に住んでた前世の私は味噌も作った事があったけど…記憶が曖昧で、再現するまでに時間がかかりました。
そして聖女様へも勿論、貢ぎましたとも!
大変喜んで頂きました。
無論、味噌だけでは美味しい味噌汁は出来ないので小魚の干物や昆布みたいな物なども一生懸命に探しました。
海から離れた王都にはそう言った乾物が少なからず入ってきていたので、大変助かりました。
「前衛組は中心に囮を、他は左右に分かれて下さい。後衛は左右に分かれた騎士の後にそれぞれ控えて下さい!」
大猪は直進しか出来ないらしく攻撃パターンはいつも同じだ。
ただし此方に誘導するために一人か二人は囮にならないといけない。
「攻撃開始!」
私の合図で囮が前に出て引きつけると、左右から騎士が斬りかかる。
あっという間に大猪の討伐が終わった。
数人は周囲の警戒にあたってもらい、残りのメンバーで大猪を解体していく。
大きな牙や毛皮は素材として、内臓は取り除き肉は部位毎に切り分けて保管用の袋へ入れた。
この保管用の袋には魔法鞄と同様に時を止める魔法がかけられている。
そのため、次に取り出した時も鮮度が落ちるということはない。
これのおかげで美味しいお肉がそのまま持ち帰る事が出来るので大助かりだ。
「リリア嬢、“豚汁“や“生姜焼き“とはなんだ?」
解体と供養を終えた後、再び探索を開始しようと思っていると後衛にいた班長と様子を見に来たジン様が私へと問いかける。
……また駄々漏れていたのだろうか?と不安に思っているとジン様と班長が口元へ人差し指を当てる。
「大猪が現れて直ぐに何やら口を動かしてるように感じたので悪いが読ませてもらった。」
「読唇術…ですか?」
なるほど、心の声は駄々漏れてなかったが…微妙に口だけ動いてしまったのか。
「大猪が手に入ったので、調理方法を考えていただけです。」
私の答えに目を輝かせるジン様。
班長も私へと期待の目を向ける。
「遠征中の食事は味気ないからな、魔獣を調理する事もあるが…騎士がする料理は美味くなくてな。」
分からないでもない…きっとそのまま焼いて終わりなのだろうと思う。
「“豚汁“でしたら出来るかと思います。」
「そうか!出来るか!!ジルからリリア嬢は料理が得意だと聞いていたから楽しみだ!」
見るからにパァァっと明るい表情を見せるジン様に思わず笑みが溢れてしまう。
森の中で火を使うが、遠征初日から普通に使ってるので火事の心配はない。
“生姜焼き“も食べたかったが、残念ながら醤油の再現までは出来ていないのだ…あと少しだと思うんだけどね。
邸でなら試作の調味料で試せたのにな。
味噌に砂糖とおろした大蒜と生姜を混ぜて、肉を漬け込むか…。
きっと白米が欲しくなるだろう…残念ながらパンしか無いのが悔やまれる。
本日の討伐を終えて、森の中心に戻れば既にリオンも戻っていた。
大人数のご飯は大変なので騎士様方にも手伝ってもらう。
持ってきた根菜を刻んでもらい、私は大鍋でお肉から順に炒めていく。
大根が薄っすらと透けるくらいまで炒め、水を注ぐ。
私の魔法鞄に入れておいた白菜とネギも特別に入れておこう!
葉野菜などは長持ちしないから遠征には根菜ばかりになる。
今回の“豚汁“には大根、人参、牛蒡、じゃが芋、玉葱、そして白菜とネギが入る。
欲を言えば豆腐と油揚げとキノコ類も欲しい所だ。
灰汁を取り、私が使いやすいように粉末にした出汁を加え野菜が柔らかくなるまで煮る。
味噌を溶き入れたら味が染みるまで煮込めば完成だ。
先ほど考えて漬け込んでおいた甘味噌ダレのお肉も焼いてみる。
出来上がり直前にリオンがスススッと近づいてきて匙を鍋へと突っ込んだ。
「味見は大切だと思うんだ!」
はふはふと味見するリオン…いつもながら何故、味見のタイミングが分かるのだろうか?
「あふ…はふ…あっふいへほ…美味しい!!」
熱々を味見したので最初の方は言葉が怪しいが、味見を終えたリオン。
昔は両頬を手で押さえてあざといポーズをとったが、さすがに16歳になろうという青年はやらない。
それが少しだけ寂しく思う。
横で炒め終えた味噌焼きも味見し、満足すると器に盛り付けるのを手伝ってくれた。
その後はジン様や他の騎士様も「美味しい!」と大騒ぎしながら夕食を終えた。
匂いに釣られて魔獣が来るのを心配したが、騎士様が大騒ぎしてくれたおかげか魔獣が来ることはなかった。
後日…ジン様から“味噌“を譲って欲しいと言われたが、量産していないので来年以降にしてもらった。
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豚汁では無く、正しくは猪汁ですね。
個人的には胡麻油で炒めて味醂も入れて、コックリした豚汁が好きです。




