幕間 布ナプキンと番(つがい)
「リリアお姉ちゃんは何を作っていますの?」
休日の昼下がり、私は私室に篭ってお裁縫をしていた。
扉には男子禁制の張り紙をして…部屋にはリナリアと侍女達が居るだけだ。
私が裁縫をしているのが珍しかったのか、リナリアが質問してくる。
因みに、リナリアはクッションカバーに刺繍を施していた。
「んー…ナプキン?」
「ナプキン?」
私の返事にコテンと首を傾げるリナリア。
恐らく…この世界に無い物だから、名称を言ってもピンと来なかったのだろう。
「“月の物“の時に使う…布の形を整えて縫っているの。」
婚約の儀から一年半程経ち、私は今10歳になった。
あと数ヶ月もすれば11歳になるし、その前に学園の初等部も卒業する。
つい先日、初潮を迎えた私は…その時、この世界の生理用品の不快さに気づいた。
ゴワゴワした布を幾重にも重ねて使うのだが…蒸れるし動きは悪いし気持ちも悪い。
前の世界の物でも慣れなかった私には、とても使えた物じゃなかった。
そんな訳で…布ナプキンを自作している。
ちゃんとボタンのような物も付けて留められるようにして…試作第一号は無事に成功したので量産中だ。
因みに、私の横では同じようにマリーも作っている。
どうやら私のを見て気に入ったようだ。
「“月の物“…私にはまだ少し先のお話です。私も手伝いましょうか?」
クッションの刺繍を終えたリナリアは興味津々に私の作った布ナプキンを見ながら、協力を申し出てくれた。
ぜひ!と布を渡してお願いする。
手先の器用なリナリアにやってもらうと助かります。
「初潮を迎えたという事は…アレス様の“番“について分かったのですか?」
突然のリナリアの言葉に勢いよく針を指に刺す私。
かなり痛い…。
「リリアお姉ちゃんは、アレス様の“番“がずっと気になっていたのでしょう?」
私が学園を卒業するのと同時にリナリアが学園に入学するせいか、最近のリナリアは言葉遣いが少し大人っぽくなったように思う。
所作も以前より格段に良くなって…私よりもずっと美しい。
…婚約する前から、アレスには“番“が居る事を聞かされていた。
婚約の前に…私で本当に良いのか確認すれば、その“番“が私だと言うから…本当なのかずっと気になっていた。
そして、先日…アレスの言っていた事が事実だと思い知らされた。
初潮が来た日の朝は、体が少し怠くてお腹の辺りが重く感じた。
これは!?と直ぐに気づいた私はマリーにお願いして生理用品を装着し…ドレスを汚す事なく初潮を迎えたのだ。
前世の私と同じような生理痛で助かりました。
生理が終わり、その一週間後の休日にアレスと会う約束をしていた私は公爵家でアレスの到着を待っていたのだけど…。
馬車が近づくにつれ、自分の異変に気づいたのだ。
馬車を降りたアレスに無意識に抱き着いていて…気づけば私はアレスをソファーへと押し倒していた。
…馬車から応接間までの記憶は無かった。
アレスからは何故か凄く良い香りがして、私はそれが我慢出来なくて…アレスにずっと抱きついていたらしい。
私の異変に気づいたアレスが、マリーに声をかけて…ダメそうなら引き剥がそうと思っていたそうだ。
ダメそうって…私に襲われそうならって事で…つまり私が痴女って事!?
そんな事を思っていたら、アレスが首を振って否定した。
「違うよ…僕の我慢が出来なかったらって話。」
そう言って押し倒されたままのアレスが蕩けるような眼差しで私を見つめるから…お腹の辺りがズクンッてなって…。
アレスに再び抱きついてしまった。
「…リリア、自覚した?」
私の頭の辺りでアレスの声変わりした低い声が聞こえて…更に下腹部がズクンッてなったのが分かった。
「“番“と自覚したら、身体が勝手に相手を求めてしまうんだ。」
そう言って私を抱く腕に力が入る。
ドキドキが止まらなくなって、恥ずかしいのに…離れる事が出来ない。
アレスに抱き締められてるからじゃなくて、私が離れたくないのだ。
その後…私はマリーにお願いしてアレスから引き離してもらい、今後は排卵日近くに会うのは避けた方が良いという事になった。
会う回数が減ってしまうが、自制心が無くなるので…お互いの為だと我慢する。
その代わり手紙を書くよと言ってくれたから嬉しかった。
アレスを好きになって、アレスが私を好きだと言ってくれて…。
婚約をした頃からずっと…いつかアレスの本物の“番“が現れるんじゃないかと思っていた。
そして私は婚約を破棄されてしまうんだと思っていた…。
それはやってもいない罪なのか…もしくはアレスが好き過ぎて私自身が故意に犯す罪なのか…。
何にせよ、私は断罪されてしまうのだと思って…心のどこかで恐れていた事だった。
アレスは私が“運命の番“だと言っていたのに、私は信じる事が出来なかった事が情けない。
「お陰様で、無事に私がアレスの“番“だと自覚できました。」
数日前の出来事を思い出し…赤面しながらリナリアへと報告すれば、リナリアは嬉しそうに微笑み「おめでとう。」と言ってくれた。
なんだろう…3歳も年下なのに、同じ歳の子と会話してるみたい。
…リナリアの成長速度が半端ないな。
そんなリナリアの婚約者でもあるジュード殿下だが、三年生になってからは生徒会長を務めている。
生徒会長と聞けば皆んな彼が立派に成長したのだな…と思うかもしれないが、そうでもない。
ジュード殿下の取り巻きだった方々は三年生でやっと特進クラスへと入ってきたが、誰も生徒会に入らなかった。
生徒会役員にはジュード殿下が自ら選んだ令嬢が殆どだ。
その中に、何故かラライカさんもいた事に私はかなり驚いたのだが…。
「リリア様からリナリア様のお話を聞き、私も我慢が出来ません。ですので、ジュード殿下をコッソリと見張る事にしました。」
以前にラライカさんにはジュード殿下とのお茶会での事を教えて欲しいとお願いした事もあり、彼女は私達の味方となってくれた。
「ジュード殿下には気付かれないように、しっかり証拠を集めておきます!」
そう言って、ラライカさんは闘志を燃やしていた。
先日は毎年恒例のチャリティーバザーを開催したそうだが、どうやら教会側と少し揉めたらしいという情報も入っている。
詳しく纏めたらクロード殿下へと報告するそうだ。
どうやらクロード殿下にも頼まれていたようで…それも私に教えてくれた。
だが…何故、クロード殿下が自身の弟の事を調べているのだろうか?
首を突っ込むと碌な事が無いような気がするから…あえて触れるのは止めよう。
そんなラライカさん、最近は妹のリナリアと仲が良いようだ。
私への報告の際に何度かリナリアが同席し、趣味が合うのか…私抜きでもお茶をしているそうだ。
…お姉ちゃん、寂しんだけど。
「…リナリア、最近はどう?辛い事とか無い?」
私の言葉にリナリアは手を止めて、首を傾げる。
手元の布ナプキンは早くも完成間近で…その腕が羨ましい。
「最近…と言うか、一昨年のバレンタインの時から私はずっと幸せです。」
フワッと顔を綻ばせ、微笑むリナリアに私は思わずキュンとなる。
なんだ…この可愛さは!?
こんなに可愛い子が私の妹とか…神様、本当にありがとう!
私が手を組み神へと感謝していると、リナリアがクスクスと笑う。
「もう、それは私の台詞だよ?物語のお姫様のようなリリアお姉ちゃんが私のお姉ちゃんで本当に感謝してるんだから!」
そう言って微笑むリナリアはやっぱり可愛かったから、心で再び神に感謝するのだった。
…そして、リナリアが退室した後に気づいたのだが…どうやら今日も駄々漏れだったようだ。
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