幕間 リナリア・クリスティア③
リナリア視点のお話の続きです。
チョコレートを食べた翌日、リオンお兄ちゃんとリリアお姉ちゃんは朝早くから領地へと行ってしまった。
今まで居ても居なくても特に気にもしなかったのに、今日はなんだか胸の辺りがモヤモヤする。
昼食のためにダイニングに行くと、ケリーが厨房から小さな箱をいくつか持って出てくる。
その箱を家族の席へと並べていった。
…私の席だけ置かずに…。
家族が揃い、リリアお姉ちゃんから皆さんへのチョコレートだと話すケリー。
ケリーは私の味方だと思ったのに、私に無いのはなんで?
その後の昼食はやっぱり味がしなかった。
お部屋に戻って、少し休めば…直ぐに午後のお勉強の時間になる。
今日はなんだか集中力が無くて、お勉強をするのも面倒臭い。
いつものようにケリーがお部屋に入ってきて、机に教材を出して準備する。
私は重い腰を上げて椅子に座り直すと、ケリーが私に箱を差し出した。
その箱は可愛らしいピンクとレースで彩られていて…ドレスのようだと思った。
「リリア様からリナリア様へお渡しするように頼まれました。見た通り他の方々とは箱もサイズも違いますので、必ずリナリア様が一人の時にとご指示がございました。」
その言葉にモヤモヤしていた気持ちが晴れて…だけど、今度はギュッと胸を掴まれたようになって…でもそれはどこか温かな気持ちになれた。
私が箱を受け取るとケリーは嬉しそうに微笑んで、さっきまでの孤独感が霧散する。
「箱が皆様と違う事は黙っておくようにとの事です。」
ケリーが口元に人差し指を当てて「内緒です。」と言うから、私も頷くと…ケリーがニッコリと笑った。
チョコレートは今日のお勉強が済んでお茶の時に食べるように勧められ、面倒だと思っていたお勉強が嘘のように捗った。
お茶の時間に箱を開けば、中からは綺麗なチョコレートが並んでいて…そのどれも可愛かった。
食べるのが勿体無いと思う程で、私はチョコレートを一日に一粒ずつ大切に食べる事にした。
翌日帰ってきたリリアお姉ちゃんはどこかお疲れのようだったから、約束していたお茶会はその次の日になる。
次の日が待ち遠しくて、その夜はソワソワして中々眠ることが出来なかった。
こんな風に明日が楽しみだと思ったのはいつぶりだろう?
翌日、学園から帰ったリリアお姉ちゃんのお部屋に招かれて行くとリオンお兄ちゃんも席に座っていた。
私も同じように席に座ると、お茶会が始まる。
お茶会が始まって暫くはリオンお兄ちゃんとリリアお姉ちゃんが私に分からない話をしていて…私はそれをただ聞いていた。
そんな時、リオンお兄ちゃんがリリアお姉ちゃんの頭をヨシヨシと撫で始める。
その光景が羨ましくて、私も思わず手を伸ばす。
リリアお姉ちゃんのサラサラとした綺麗な髪を撫でれば…ふんわりと良い香りがした。
以前感じたお姫様のよう…。
すると、リリアお姉ちゃんが顔を上げるから私は思わず体を後ろへと引く。
ーーーーー怒られる!
次の瞬間、何故かリリアお姉ちゃんの手が私の頭に乗って…撫でられた。
突然の事に思わずキョトンとすると、リオンお兄ちゃんも一緒になって私を撫でた。
私よりも少し大きな手が、私の頭を優しく撫で…それがとても心地良い。
心の奥がじんわりと温かくなって、幸せな気持ちで満たされる。
こんな感情…初めて。
気がつけば、私の頬が自然と綻んでいた。
離れていった手が名残惜しくて、頭を摩る。
「…ありがとう。」
自然と声が出た。
お茶会が再開されると、リオンお兄ちゃんが私にいっぱい話しかけてくれる。
だけど、どうしてもあの日のジュード殿下の言葉が私の頭に響いて…どうしたら良いか分からずにケリーを見た。
そんな私の様子に気づくと、ケリーは私の背中を摩り「大丈夫ですよ?」と声をかけてくれる。
そして、リリアお姉ちゃんも優しい声で「無理に話さなくても大丈夫だよ?」と言ってくれた。
その言葉に、頭で響いていたジュード殿下の声が遠ざかる。
「本当に大丈夫?」
それは誰に言ったでもない言葉。
自分に確認するように…ケリーに確認するように…そして、リリアお姉ちゃんやリオンお兄ちゃんに確認するように呟いた。
「…ねえ、リナリアはどうしてそんなに小さな声で喋るの?」
私の様子を訝しんだリリアお姉ちゃんは私が苦しみ悩んでいた事を容赦なく聞いてきた。
思わず体がビクッと震えると、リリアお姉ちゃんは慌てて謝ってくるから…私はリリアお姉ちゃんのせいじゃないと首を振る。
本当に大丈夫かな…?
…話しても良いのかな?
そんな言葉が頭を過ったけど、それ以上に誰かに…リリアお姉ちゃんとリオンお兄ちゃんに聞いて欲しいと思ってしまったから…。
私は何故、小さな声で話すのかを…喋ってしまった。
私の言葉に二人は険しい顔をしたから…話してはいけない事だったのかと不安になる。
直ぐに二人は表情を戻して、詳しく話を聞いてきた。
ケリーを何度か振り返りながら、ジュード殿下との事を話す。
話している途中…気づけば私の瞳からいくつも涙が零れ落ちていた…。
思い出す度、胸が苦しくて…思わず拳に力が入る。
話し終えるとリオンお兄ちゃんとリリアお姉ちゃんがギュウッと私を抱きしめるから、私は涙で汚してしまうと焦ってアワアワした。
そんな私を更に強く抱きしめる。
さっきまでの苦しかった胸が再びゆっくりと動き出す感覚に…心が落ち着いてきた事を実感した。
「私達の前では普通に喋って大丈夫だよ。」とリリアお姉ちゃんが優しい顔で笑って…。
「そうだよ!楽しくお喋りしよう?」とリオンお兄ちゃんも同じ顔で笑うから…。
少しずつ零れていた涙が一気に流れ出して…二人に抱きつき…私は赤ちゃんのように泣き叫んだ。
こんなの…こんな…思い切り泣いたのなんか久しぶりで…。
私は嘘のように声が出て…涙が出て…感情が私の中に戻ってきたみたいに…胸が苦しくなって…温かくて…。
この日、私はリリアお姉ちゃんに魔法をかけてもらったんだと思う。
人間に戻れる魔法…私が私で居られる魔法で、そしてリリアお姉ちゃんとリオンお兄ちゃんが私を見てくれる魔法。
嬉しかったの。
二人が私の話を聞いてくれた事が嬉しかったの。
寂しかったの。
皆んなが私だけ置き去りにしていた事。
でも…それ以上に二人は私を大事に思ってくれて、ちゃんと言葉で言ってくれて…私に分かりやすく話してくれるから。
私は物語に出てくるようなお姫様のように、美しくて優秀なリリアお姉ちゃんが嫌いだった。
嫌いだと思っていたの。
でも違った…あれはヤキモチだったんだと今なら分かる。
ずっと憧れていたの。
私もリリアお姉ちゃんみたいになりたいって思っていたの。
それが分かった時…私の心を覆っていた靄が晴れた。
嘘みたいにスッキリした気持ちになれたの。
それから二人の事を知っていくのに時間は掛からなかった。
優秀だと思っていた二人は毎朝五時に起きている事を知って、私も真似をするようになった。
学園から帰ればお勉強している事も分かって、私とお話しする時間が無いと悲しい気持ちになったけど…。
「一緒に勉強しよう。」って誘ってくれたの。
リナリアは優秀だねと褒めてくれたのが嬉しかった。
そして…ホワイトデーというイベントの日に、私は初めてリリアお姉ちゃんの恋のお相手と出会った。
男性なのに、とても綺麗と言うのが私が思った第一印象だった。
そしてリリアお姉ちゃんにとても優しくしてるのを見て嬉しくなった。
二人を見てると私まで照れてしまうくらい…仲が良くて羨ましく思った。
それ以上に、そんな二人が素敵だなって思ったの。
家族でコッソリと二人を見ている時に…リオンお兄ちゃんが私にチャンスをくれた。
ずっと仲直り出来ずにいたリーマスお兄様に、謝るチャンス。
後ろから抱きしめるリオンお兄ちゃんの手に後押しされて…私はリーマスお兄様と和解する事が出来た。
謝っても…許して貰えないって思っていたから、それが凄く嬉しかった。
二人のお兄様に抱き締められた私は再び胸が温かくなるのが分かった。
私の失いかけていた心を救ってくれたリオンお兄ちゃんとリリアお姉ちゃんに…私はずっと感謝している。
ーーーーーありがとう。
いつか、この気持ちの全てを伝えられたらと思う。
「リナリア?お茶…冷めちゃうぞ?」
リリアお姉ちゃんの婚約の儀の途中、私とリーマスお兄様は別室でお茶をしていた。
そんなに大勢で行う事では無いからと…参加出来ずに残念に思っていた私をリーマスお兄様が誘ってくれた。
「……ところでさ。」
私がお茶を口に含むと、リーマスお兄様がどこかソワソワして話しかける。
不思議に思って首をコテンと傾げると、その様子にリーマスお兄様が苦笑した。
「その仕草はリオンにそっくりだな。……あー…っと、いつになったらその“お兄様“を止めるんだ?」
その言葉に更に不思議に思って首を傾げる。
「だから!僕の事も“お兄ちゃん“て呼んで良いって言ってるの!」
「……リーマスお兄ちゃん?」
リーマスお兄様に言われ…恐る恐る呼んでみれば、リーマスお兄様が嬉しそうに笑って…慌てて表情を戻す。
お兄ちゃんて…呼んで良いの?
「今度から、そう呼ばないと返事しないから!」
そう言って淹れたての熱い紅茶を飲んで…咽せるリーマスお兄ちゃん。
その不器用な優しさに私の顔も自然と綻ぶ。
「はい!リーマスお兄ちゃん。」
私の返事に少しだけ照れて、コクンと頷くと再びお茶とお菓子を楽しむ。
ーーーーーコンッコンッコンッコンッ…
…私達のお部屋の扉がノックされると、懐かしい声が扉の向こうから聞こえてきた。
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リナリア視点の最初の話の冒頭は回収出来ましたが、もう少し続きます。




