綺麗なだけじゃない花
何食わぬ顔で二人で出社し、堂々と二人で社長室ヘ向かうと、拍子抜けするほど誰も何も言わなかった。
システム開発課のメンバーは、蓮花が有能ゆえに課長から嫌がらせを受けていたことは知っていたし、いつ彼女が会社を見捨てて辞めてしまうか戦々恐々としていたので、むしろ社長が引き止めてくれるなら大歓迎だった。
社内の密かに圭吾に憧れる女子社員達も、圭吾が変な女とくっつくよりは、社内でも有名な美人の蓮花とくっつく方が納得できるし、自分は蓮花以上にいい女だと名乗りをあげられる猛者もいない。
ともかく、傍から見て二人は文句なくお似合いなのだ。
「お姉からメールだ」
社長室で圭吾が机に向かう間、軽作業をしていた蓮花が声をあげた。
「何かあったのか?」
「遠藤一家が取り調べで色々吐いたらしいけど、こっちに関係有りそうな話を摘んで教えてくれてる」
警察の漏れてはいけない内部の情報だよな。
ふと浮かんだ疑問を頭の片隅に追いやり、圭吾は話を聞く姿勢を取る。
蓮花の姉からのメールで、今回の騒動の裏側がわかった。
圭吾が美夏との結婚を望まない理由として蓮花の存在を両親に知らせ、蓮花の詳細なプロフィールから彼女が大病院の娘と知ったアノ親達はトチ狂った。
あれほど頑ななまでに気に入っていた美夏を即座に切り捨て、蓮花に擦り寄ることにしたのだ。
欲に目を眩ませて事を穏便に運ぶ手間と努力を放棄し、美夏の両親に蓮花の詳細な個人情報を突き付けて、圭吾は蓮花と結婚させるから美夏との話は無かったことにすると言い放った。
遠藤電機の経営状態はかなり悪く、犯罪行為に手を染めても倒産は時間の問題だった。美夏としても、一生貧乏な誠司と添い遂げる気は無く、若い内は庶民ごっこで遊んで、気が済んだら社長夫人として贅沢に暮らす計画だった。
美夏が誠司に会いに行っていたのは両親公認の遊び。
誠司と暮らしていた時、父親から圭吾が蓮花という女と結婚しようとしていると連絡を受けた美夏は、蓮花についてロクな情報も聞かず、その女を始末してくれと父親に強請った。
犯罪行為に染まっていた父親には伝手があり、蓮花に殺し屋が差し向けられた。
溜め息しか出ない。圭吾は自分を取り巻いていた小さな世界の愚かしさ加減に、無言で頭を振った。
目の前に、やわらかな湯気の立つ煎茶が置かれる。
「物は考えようだ。一気に全部片付いてよかったじゃないか」
小さなお盆を抱えた蓮花は、言葉使いこそ男のようだが、仕草も気遣いもたおやかだ。
「圭吾は後ろを振り返ってる暇なんか無いだろ? 社内人事の刷新なんか、お前にしかできないんだから。ゲーム開発部も忘れんなよ! プライベートのフォローはしてやるから、圭吾は圭吾しかできないことをやってろ」
そして気概は非常に男前である。
圭吾は笑って頷き、心地よい温度のお茶を飲んだ。
この先、何があっても蓮花と二人なら孤独に苦しむことなど無い。
「蓮花、仕事が終わったら指輪を買いに行こう」
「うん。デザインは任せる。圭吾、センスいいから」
ニッコリと笑んだ蓮花が眩しくて、圭吾も笑いの形に目を細めた。
「俺、幸せだな」
「これから、もっともっと幸せにしてやるからな」
頼もしいパートナー。綺麗なだけの花じゃない。強くて優しくて可愛いひと。
圭吾は愛する恋人に微笑みかけると、清々しい気分で仕事に取り掛かった。
虐げられて生きて来た可哀相なヒーローが、強いヒロインに救われて幸せになるお話を目指しました。