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胸糞悪い女

 終業後、圭吾と蓮花は美夏の潜伏先に来ていた。

 近くのコインパーキングに車を停めて商店街の方へ歩くと、夕焼けの中を手を繋いで向かって来る美夏と誠司に会う。

 すぐに圭吾に気付いた美夏は、誠司に見えない角度で顔を顰めると、プルプル震えながら誠司の影に隠れた。


「どうした? 美夏」

「誠ちゃん、怖いっ。あの背の高い男の人が、おじいちゃんの勝手に決めた婚約者なのっ。私、嫌って言ってるのにしつこいのっ」


 小柄な体を誠司の背中にピッタリ貼り付け、小さな手を誠司の剥き出しの腕に頼りなく触れさせる。声はあくまで高め。本人は鈴の音か小鳥の囀りを狙っていることだろう。

 誠司に睨まれ、圭吾は軽く肩を竦めた。ここへの道中、蓮花から一切口も手も出さないことを約束させられたのだ。


「写真だけじゃ100%の確信は得られなかったけど、実物見たら200%確信した。想像以上のクソ女だな。遠藤美夏」


 一見優しげな美人の蓮花から飛び出したとは信じられない言葉に、初対面の二人は動きを止めた。


「結婚するつもりの誠司君に、随分な嘘をついているね」

「私は嘘なんかついてないわっ!」


 自己弁護の反応速度は中々だが、残念ながら内容が無い。


「圭吾がアンタにしつこくする理由も無ければ必要も無い。圭吾は、ずっと前からアンタとは結婚する気がなかったからな。なのに圭吾がいくら破談にしようと頑張っても、圭吾の親の前では嫌がる彼に自分からベタベタ触って許嫁の地位を手放さなかったのはアンタの方だ」

「違うっ! いつも無理矢理触って来たのは圭吾さんの方なのっ。私はちゃんと抵抗してたんだよ?」


 美夏に小首を傾げて縋りつかれ、誠司は戸惑いながらも美夏を抱き寄せるが、圭吾が蕩けるような目で蓮花を見つめて腰に腕を回すと、戸惑いの色が濃くなった。


「大体、圭吾が結婚したいのは私だし。圭吾の実家にも話したから。アンタを追いかける理由が無い」

「でも、こうしてここまで来たじゃないっ」

「アンタがいつまでも未練たらしく許嫁の地位に縋るから、破棄の言質を取りに来たんだよ」


 誠司から問いたげに見下ろされ、美夏はオロオロしながら、上目遣いで見上げる。


「私は誠ちゃんのものだけど、勝手なことするとパパとママに怒られちゃうから。それでまた、あの時みたいにっ」


 嗚咽から瞬き数回、鼻水を伴わないキレイな涙が美夏の丸く見開かれた瞳から流れた。


「おじいちゃんが圭吾さんと結婚させるために、誠ちゃんのおうちの会社を倒産させたみたいにっ、いうこと聞かなかったら今度は誠ちゃんのお仕事先を潰しちゃうかも、ごめんね、誠ちゃん、私なんかが好きになっちゃってごめんねっ」


 ヒックヒックと幼児のように泣きながら、決して幼児のように鼻水は垂らさない。


「守口誠司の父親が経営していた守口不動産の倒産に遠藤電機の人間は一切関わっていない」

「えっ?!」


 美夏の泣き顔を困ったように見守っていた誠司が、勢いよく蓮花に振り向く。


「不況の煽りを受けての業績悪化。従業員の給与を支払うために所有する不動産を担保に銀行から借入して返済出来ずに倒産。正式な会社名と倒産年度が分かれば図書館でも調べられる情報だ」

「そんな、まさか」


 魂が抜け出てしまいそうな誠司に天女の如き慈愛の笑みを送り、蓮花は見た目を最大限に活用した優しげな声音で語りかけた。


「ずっと脅されていたのか。誠司君。誰も君の大切なものを奪いに来たりはしない。もう、見えない何かに怯えなくていい。私も君の生活を守る力になろう。君を支配するものから解放するから、おいで」


 差し出された蓮花の白く長い指先に向かい、ふらりと誠司は踏み出す。美夏を抱いていた手は、とうに離れていた。


「誠ちゃん?! 騙されちゃダメっ! 戻って!」


 上着の裾を握る美夏の手を振り解き、誠司は苦しく顔を歪める。


「美夏は俺に会う度に、呪いのように言ったよな。父さんの会社が潰れたのは美夏の家が美夏のためにしたことだって。いつも、俺が美夏の思い通りにならなければ、また美夏の家が良くないことをするかもしれないって。

 けど、社長の御曹司の婚約者より俺を選んでくれたから、困りながらも嬉しかったし美夏のことホントに好きだった。

 でも、実物の婚約者に会ってみたら、俺と違って背は高いしイケメンだし、ものすごい美人の恋人がいてラブラブだし、美夏に全然未練なんか無いし、なのに美夏は婚約者と結婚しないとは言わないし。美夏の言うことの何を信じていいか分からないよ」


 絞り出すように告げると、誠司はもう話すことは無いとばかりに美夏に背を向け、蓮花の傍らに立った。


「さぁ、遠藤美夏。いい加減、圭吾をキープするのやめてくれる?」


 からかう調子で蓮花が言うと、29年被り続けた美夏の化けの皮がとうとう剥がれ落ちる。


「何言ってるの? 圭吾さんは私の物だと私が生まれた時から決まってるのよ。30歳までは物語みたいな恋をして、タイムリミットが来たらちゃんと結婚してあげるつもりだったんだから。あんたみたいな可愛くない大女の出る幕は無いの。遠藤電機の一人娘の私が圭吾さんと結婚して社長夫人になるのが相応しいの。貧乏人は帰りなさい。圭吾さんも、結婚前の遊びくらいは許してあげるから、結婚したら私に尽くすのよ? そしたら今度は優しくしてあげる。私を不愉快にしたら、また皆に圭吾さんにヒドイことされたって泣いて回るわよ? DV夫なんて噂が流れたら、社長の仕事に支障が出るんじゃない?」


 悦に入り語り出した美夏をまるで視界に入れず、圭吾はうっとり蓮花を見つめ続ける。

 蓮花は堪らないように高らかに笑い出し、寄り添う圭吾の胸ポケットからボイスレコーダーを取り出した。


「なーんで三流の悪役って録音されると思ってないんだろ。圭吾、もう自由に動いていいよ。私、ちょっと電話かけるから、そこの美夏ちゃんから私を守ってて」

「ああ」


 蓮花の手に飛び掛かろうとしていた美夏が、目の前に立ちはだかる圭吾を見て躊躇う。

 それを横目に、蓮花は悠々とスマホを操作した。


「あ、お姉? 蓮。昨日のアレどうなった? あー、やっぱり依頼主は遠藤電機の社長かぁ。え? そうなの? ちょっと待って。ねぇ圭吾」

「なんだ?」

「うちの会社、遠藤電機が潰れても影響無い?」

「無い。三年前にうちの株は回収したし、向こうの株も手放してる。取引も共同プロジェクトも一切無いし、互いに出向している社員もいない。キレイな無関係だ」

「OK。お姉、うちと関係無いって。うん、そう。わかった。ありがと。またね」


 通話を終了して、蓮花は晴れ晴れとした顔で圭吾の後ろから美夏に向き直る。


「遠藤電機の社長、今、逮捕されて会社から連行されてるよ」

「はあっ?! 何言っ」

「贈収賄。業務上横領。文書偽造罪諸々に詐欺に殺人教唆。生きてる内に出て来ないな。取り調べで更に罪状増えるかも」

「あんた頭おかしいんじゃないの?!」

「疑うなら今すぐニュースサイトでも見れば?」


 美夏はバッグからスマホを取り出し操作した。

 みるみる全身から血の気が引いて行く。


「遠藤電機としても会社ぐるみで色々ヤラカシてたみたいだから。役員として美味い汁を吸ってた人達も警察に調べられるよ。当然会社は倒産。今頃、債権者が実家に押し寄せてるだろうねぇ。真っ当な債権者だけならいいけど、私にプロの殺し屋を差し向けたくらいだから、そっちと繋がりが無いとは思えないね」


 美夏の手からスマホが落下し、追うように美夏も崩折れた。


「そうそう。遠藤美夏と虹野圭吾の許嫁関係だけど。公的な書面は何も交わしていないタダの口約束だから、さっき録音したみたいな重大な瑕疵があれば、圭吾は慰謝料を払う必要も無いし、アンタと圭吾は婚約者でも何でもないから。そもそも、現代日本で圭吾みたいな自立出来てる成人が自分の意思でしてない口約束の許嫁と結婚する義務なんて、最初から無いんだけどね?」


 目一杯ドヤ顔の蓮花に、美夏だけでなく、圭吾と誠司の口もポカンと大きく開く。


「ザマァ? てやつ?」


 への字口で首を傾げる蓮花の視界に、赤色灯を光らせたパトカーが数台、美夏を迎えに来るのが見えた。

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