真実の一端
強引に連れて行かれはしたが、蓮花は安全な部屋で安心して快適に過ごすことが出来た。
ベッドも、怪我人が使えと譲ってくれて、マンション近くの店で、着替えもたくさん買ってくれた。
マンションのコンシェルジュに頼んで、洗面用具や化粧品まで用意してくれ、何から何まで至れり尽くせりだった。
一夜明けて、圭吾は隠すつもりが無いのか蓮花を車に乗せて一緒に出勤し、会社の駐車場から堂々と蓮花を連れたまま社内を歩く。蓮花も契約終了後に圭吾は困らないのかな、とは思ったが、どんなことでも協力する契約だったなと思い直し、きっと圭吾には何か考えがあるのだろうと黙ってついて行った。
「片手でキーボードは打てないだろう。怪我が治るまで、お前は社長室で雑用してろ」
社長室まで蓮花を連れて来た圭吾は、軽く雑用の指示を出して、メールチェックを済ませると会議に向かう。
人事部を召集しての緊急会議だ。社長就任後の放置のツケで、システム開発課長以外にも会社にとって毒になる長がいるかもしれない。
部下が犯罪に巻き込まれ負傷したことを蹴落とす好機と見るような課長は要らない。
圭吾は人事部の社員一人一人と別室で面談し、数名の適任者を選んだ。会議で現状の認識を摺り合わせ、適任者達には手分けして役職の無い全社員からの聴き取りを指示する。
問題有りと思しき者は、後日、社長と人事部の数名で面談し処遇を決定することにした。
昼前に社長室に戻り、指示通り雑用を片付けていた蓮花にコーヒーを淹れてもらうと、ロビーの受付から連絡が入る。
身辺調査を依頼していた事務所から、報告のために人が来ていた。
圭吾がすぐに社長室に通すよう指示すると、書類ケースを持った特徴の無い男が現れた。
男の分のコーヒーを運んで来た蓮花もソファに座らせ、圭吾は調査書を見ながら報告内容について幾つか質問をすると、請求書の額の小切手を切った。
男が出て行った後、蓮花が不思議そうに圭吾に訊く。
「何故、美夏の親は娘を連れ戻さないんだろう」
美夏は、二週間前から下町の古いアパートに、男と二人で暮らしていた。
元々その男が一人で暮らしていた部屋に美夏が転がり込んだようで、近所では夫婦だと言っているそうだ。実際、仲睦まじい様子で手を繋ぎ買い物をする姿が、周辺では日々目撃されているようで、調査員の撮った写真もあった。
演技や脅されているのでは有り得ない、心の底から幸せそうな男女の姿が並んでいる。
「単純に、カネが無かったんだろうな。安い興信所には頼んだかもしれないが。俺が使った事務所は、そこらの興信所とは桁が幾つか違う。俺はそんなものは頼んだことは無いが、殺しの相場より高い」
表情を消した圭吾は抑揚なく答えると、調査結果を頭に入れた。
男は美夏と同い年の29歳、独身。周囲には夫婦と言っているが婚姻届は出していない。美夏の住民票も実家のまま。
小さな工場で働き、職場では大人しいが真面目だと評価されている。名は境田誠司。両親は離婚後行方知れず。最終学歴は隣県の工業高校。犯罪歴は無し。
美夏の「親友」の話では、5歳の時にプロポーズしてくれた、同じ幼稚園にいた守口誠司君と結婚するのだと美夏は常々、「秘密だよ」と言っていたらしい。素晴らしい友情だ。
守口誠司君は6歳の時に父親の会社が倒産し、幼稚園を去ることになった。添付されたアルバム写真のコピーを見ると、境田誠司と同一人物で間違いない。
誠司の親はその後一年弱で離婚。父親は蒸発。母親は誠司を連れて親戚を頼ったが、誠司が中学を卒業すると同時に近所の既婚男性と駆け落ち。
親戚宅から追い出された誠司は夜間働きながら工業高校で学び、卒業して工場に就職した。
その間、ずっと密かに美夏は誠司と会っていたそうだ。親友が言うのだから間違いないだろう。
「こんな男がいるなら、俺に一言相談してくれたら、遠藤電機の先代が生きている内にどうとでも説得したんだが」
疲れたようにポツリとこぼし、圭吾は冷めたコーヒーに手を伸ばす。
「みんな、見る目、無いな」
隣から聞こえた呟きに目を上げると、蓮花と視線がぶつかった。
「この女のどこがイイ子なんだ? 女子校に行けば絶対嫌われるタイプだし、国公立の学校でなら人間関係で問題起こすタイプだ。親の会社で名ばかり役員やって役員報酬得てるんだっけ? 働いてなくてよかった。就職先を内部崩壊させる女だ」
数枚の幸せいっぱいな笑顔の写真を並べて厳しい評価を下す蓮花に、圭吾は目を瞬かせる。
圭吾の周囲の常識では、美夏は誰もが愛して大切にする、ふわふわ微笑む小動物系の女性で、彼女を愛せない自分に欠陥があるのだと、周囲も圭吾自身も思って来たのだ。
「良家の子女的にはツボなのかな? 私は友達になりたくないけど。もしかしたら子供時代は本当に可愛く笑ってたのかもしれないけどさ、圭吾、この写真よく見てみなよ。この笑顔が純真に見える?」
言われて誠司に顔を寄せて笑うアップを見ている内に、長年圭吾の目を覆っていたフィルターが粉々に砕けて行った。
「これは、美しく見えるように計算された笑顔か」
「うん。表情筋は。目が本心出てるよね。支配と執着だ。こっちの唇尖らせて誠司の腕に胸押し付けてる写真も、誠司は本当に幸せそうだから一見ただのイチャラブに見えるけど、足元と体の角度を見ればリードしてるのは美夏の方。多分、誠司に何か要求して言いなりにしてる場面」
蓮花の分析を聞いてから幸せカップルの写真を見ると、もうサイコホラー写真にしか見えない。
「買い物中に近所の人に挨拶する写真、相手が男か女かで表情全然違うよ」
男には小首を傾げて唇をすぼめ媚びを含んだ上目遣い。女には頭をやや反らし口角を釣り上げ必要以上に誠司にベッタリと絡みつきながら目には小馬鹿にしたような色を浮かべている。
「下町では良家の子女に囲まれてるわけじゃないし、二週間も暮らしてるなら、もう美夏を嫌うか警戒する女性が複数いると思うよ」
「どうして美夏は俺も騙そうとしなかったんだ」
呆然と圭吾が呟くと、蓮花が親指を立てて笑った。
「初対面で圭吾を一目惚れさせることが出来なかったからだろ。この手の女は一発で落とせなかった男は即敵認定だから。他にも、圭吾みたいに無視されなくても、本性バレないように美夏が距離を置いてる男はいると思う。女は全部最初から敵。男の大半を味方に付けてるから、その狭いコミュニティー内では女も美夏に逆らえないし無敵状態だろうね」
一旦言葉を区切り、蓮花は唇の片方を急角度に釣り上げてニヤリと笑う。
「胸糞悪い女だね」
荒い口調に凶悪な表情。
だけど圭吾には写真の中の女より、ずっと可愛い笑顔に見えた。