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無自覚な二人

 それらしいデートということで。

 定時で仕事を切り上げて、圭吾と蓮花は高級ブランド店で蓮花の服や小物を一通り揃え、会員制レストランの個室でワインとコース料理を味わっている。支払いはもちろん全て圭吾だ。契約もそうなっている。

 身に着ける物に拘りは無いのか、蓮花は圭吾の見立てに異を唱えることはなく、買い物は非常にスムーズに済んだ。普段は安物を着ているが、育ちも素材もいい蓮花には、高級ブランド品も嫌味なく自然に馴染む。

 給仕をする店員がしばらく来ないタイミングで、圭吾は許嫁の情報を伝えることにした。


「許嫁の名は遠藤美夏、29歳。俺の父親が社長をしていた時の取引先の一人娘だ。俺が会社を任された時に取引先から外した」

「問題があったのか?」

「利益が無い上に融資ばかり要求してくる。親父は苦しい時期に先代の遠藤電機の社長に助けてもらったとかで切れなかったらしいが、俺が継ぐ頃その先代が亡くなったから外した」

「圭吾の親がそんな家と縁を結ぼうとする理由は?」

「恩ある先代が孫娘の美夏と俺の結婚を強く望んでいたことと、親達の前では完璧な振る舞いをする美夏を両親が気に入ってるからだ」


 当たり年の白ワインを飲みながら圭吾は嘆息する。

 4歳下だが、美夏は幼稚園から大学までエスカレーター式の良家の子女向け私立学園を卒業した圭吾の同窓生でもある。校内で注意を受けるような態度を取ったこともなく、成績は中の上。圭吾以外の人間にとっては、いつもふわふわ微笑んでいるおっとりしたお嬢様だ。

 外見も一般的には悪くない。圭吾が小動物系の女性を好まないだけだ。どうしても外見に引きずられて対等なパートナーとして見られない。

 しかも、二人きりにされるとあからさまに距離を取り、嫌悪感も露わに無視を決め込む。とてもじゃないが結婚後の生活など想像できない。


「ふーん。許嫁が演技してるのはどっちだろうな」

「演技?」

「許嫁にその態度を取られてるのは誰かに話した?」

「大学を卒業するまでは親に毎年言っていたが、俺の方が嘘つき呼ばわりだ。働いてからも美夏のことも知ってる友人何人かに話したが、俺が責められて美夏が同情された」

「日頃の行いは大事だな」


 せせら笑われて苦い顔になり、圭吾はワインを飲み干した。


「最初の内は俺に非があったのかと考えもしたし、何が気に障ったのか教えてほしい、怒らせたなら謝りたいという手紙も書いたが無視だ。顔を合わせたのは美夏が6歳、俺が10歳の時で最初からその態度だから何が悪かったのか理解出来ん」

「生理的に受け付けないとか」

「それなら立派な婚姻不可能事由だから向こうが親に言えばいい。親の前では鳥肌立てるでもなく俺の手を握るんだから信じられないだろうがな」


 次の料理と共に先に注文しておいた渋めの赤ワインが運ばれて来て、二人は笑顔で料理の話題に触れる。揃って外面は良い美男美女なので店員としては眼福だ。

 店員の気配が去るまで赤ワインをゆっくり楽しんでから、蓮花は提案した。


「なら、許嫁側の理由か事情を把握しろ」

「単純に俺のことが嫌いなだけじゃないということか」

「本当に根性が悪くて圭吾にだけその態度なら、誰かしら本性に気付く人間がいるはずなのに、6歳の時から大人も子供も美夏を疑わないなら多分そっちが正しい」

「お前も俺を嘘つき呼ばわりか」

「違う。美夏は、本当に圭吾にしか、その態度を取ってないんだろう。その理由を調べて把握しろ」


 圭吾は思案し、今後の行動をまとめる。

 現状が長期間に渡り過ぎて目が曇っていた。思っていた人物像とはかなり違うが、蓮花はそれよりずっと頼りになりそうだ。


「わかった。他に俺がしておく事はあるか?」


 少し圭吾の持つ空気が変わった気がして、蓮花は首を傾げながら考える。この俺様ボンボンは思ったほど救いようの無い馬鹿ではなさそうだ。少なくとも、人の話を聞く気はある。


「本気でその許嫁と結婚したくないなら、一切情けをかけずに遠藤電機を叩くのも手だろ。さすがに借金まみれの娘と無理矢理結婚しろと言われたら、全社員の生活を握る者として断れるだろう」

「うちの親は却って同情して結婚を迫りそうだが。強固に断る大義名分にはなるな。遠藤電機の外聞だけでなく内部にも探りを入れる」

「そこまで親に気に入られてるなら、条件だけいい女を連れて来たところで反発するだろうな。実際に顔を合わせる時には、別れさせるのは不可能だと思わせるだけの雰囲気を出せ」


 言われて圭吾は、きょとんとした。蓮花は条件的には美夏より確実に上だ。

 昨日本人から教えてもらったプロフィールは、今朝速達で実家に送っている。許嫁さえいなければ、諸手を上げて賛成され、そのまま万歳三唱されるレベルの上玉だ。

 親の前でも許嫁に事務的な態度しか取れない彼が、そんな上玉の蓮花にはしっかり惚れてる雰囲気を出せば効果は小さくないだろう。

 だが、そこで蓮花からつれなくされていたら効果半減ではないか。


「俺は勿論そのつもりだが、蓮花が俺を慕う素振りをする図が想像つかん」

「そうか?」

「そもそも常に冷静だろう」

「そうだな。女しか口説いたことがないし」

「え? そっち? 彼氏いたんだよな?」


 思わず訊くと、大概ヒドイ回答が来た。


「口説いたのはゲームの中だ。キャラは男だから。学生の頃付き合った相手は、入学してすぐ告白されて、生理的嫌悪感も無いから了承した。一通りの恋人イベントをこなして卒業まで平和に続けた」

「蓮花、その彼氏、好きだったのか?」

「他の男に告白されることが減ったから感謝はしていた」

「恋愛感情は無かったんだな」

「無い」


 即答かよ。と圭吾が内心引いたことに気付き、蓮花は皮肉げに口角を歪める。


「向こうも私の外見にしか好意は無かったはずだ。この外見に似合う女らしい格好と言動だけを好み、ネトゲをやるならヒーラーの女キャラしか似合わないとも言われた。運動するならピラティス、運転免許は普通免許のオートマ限定が似合うらしい。余暇は図書館や木陰のベンチで詩集や文学全集を読んでいると思い込んでいたぞ」

「よくソレと四年も付き合ったな」

「私に告白してくるのはそのタイプしかいなかったからな。他の男除けになるなら誰でもよかった。当時はまだ男に力ずくで襲われたら勝てる自信も無かった」


 圭吾は言葉に窮し、グラスを置いた。

 自分のことしか考えずに、女性にしては許されないことを、つい昨日してしまったことが、ようやく深く心に落ちた。

 あんな無礼で酷いことをしたのに、普通に会話してくれるばかりか、圭吾の窮状を救うために真面目に協力までしてくれる。いくら対価があるとは言え、中々出来ることではない。

 口先だけじゃない謝罪の言葉が出た。


「俺は昨日、蓮花の尊厳を踏みにじるような恥ずべき行いをした。本当にすまなかった」


 圭吾が頭を下げると、日頃冷静な蓮花が瞠目して固まる。絶対に部下や女に頭を下げる人間ではないと思っていたのだ。

 固まったままの蓮花に圭吾が不思議そうに問う。


「どうした? 蓮花」

「いや。何でも、ない。ちゃんと謝ったから許す。それより、圭吾は人のこと言えるような交際をしたことがあるのか?」


 珍しくやや早口になった蓮花が気になりつつ、圭吾は記憶を辿り質問に答えた。


「許嫁がいたから、恋人という存在がいたことは無いな。ごっこ遊びなら思春期くらいからしていたが。思えば、恋愛というものに対して諦めていたのかもしれない。家は、物心ついた頃には両親それぞれに浮気相手がいて不仲だった。子供は長男の俺だけ。将来の結婚相手として会わされた女の子には理由も分からず嫌悪感丸出しで無視されるのに、誰もその話を信じてくれない。好みのタイプくらいはあるが、誰をどう好きになればいいのか分からない。俺も人のことを言える経験は無いな」


 自嘲気味に肩を竦め、グラスに手を伸ばす。

 誰にも話したことの無い話を、少し喋り過ぎた気もするが、圭吾にとっては蓮花はもう、かけがえの無い味方のような気持ちになっていた。

 蓮花は圭吾の話を頭から否定せず、どんな内容も一度は聞いて信じて考えてくれるから。


「俺は本気で惚れてる雰囲気を出せるかは正直分からない。だが、多分、蓮花と他の人間は俺にとって違うから、ちゃんと区別した雰囲気は出せる」


 正面がやけに静かなので、目線を上げて蓮花を見ると、また固まっていた。

 目が合うと、また瞠目する。


「蓮花?」

「圭吾、素面か?」

「? ああ」

「多分、その顔が出来るなら大丈夫だ。私のことが物凄く好きだと錯覚する」


 圭吾も瞠目する。あの蓮花が、圭吾を見て赤面している。元々が好みのタイプの美人だから、むちゃくちゃ可愛く感じる。


「なるほど。こういう雰囲気だな。学習した。私も感覚を掴んだから上手くやれそうだ」


 悲願達成のための頼もしい台詞なのに、何故か悲しい気分になり、圭吾は料理を胃袋に収めることに集中した。

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