思ってたのと違う
安倍 蓮花、27歳、システム開発課勤務。見た目は蓮の花のように清らかで優しげな美女である。
そんな彼女は今、自らの勤務するそこそこ大きな会社の社長室で、二代目ボンボン社長の虹野 圭吾33歳をヒールの下に踏みにじっている。
「ごめんなさいは?」
「社長に対してこの態度は」
「セクハラにパワハラも追加か?」
「説明くらいさせろ」
「そのまま話せ」
蓮花のヒールの下で圭吾は唸るが、ほっそりして見える彼女の片足から力ずくで抜け出せない。
更に力を加えられてピンヒールが背中にめり込む。確実に痕が残るやつだ。
「許嫁との結婚の期限が迫っているんだ」
「だから?」
ブスくれて言う圭吾に容赦なく圧をかけ、蓮花は全部吐けと促した。
残業中に社長室に呼び出されて押し倒され、いやらしく触られたり舐められたりしたら遠慮などいらない。
圭吾が言い淀む度にピンヒールを深く沈めて行き、吐かせた内容は清々しい程身勝手だった。
生まれた時から次期社長に決まっていた圭吾には4歳下の許嫁がいる。
その許嫁とは年に一度は強制的に会わされているが、成長しても見た目も中身もまるで好みではなく、二人きりにされると会話もゼロの険悪さ。
のらりくらりと結婚は先延ばしにしていたが、許嫁が三十路になる前には結婚しろと両家の親に圧力をかけられ、教会やホテルの候補まで送られて来たので、他に結婚したい女がいるから無理だと時間稼ぎをした。
当然、親としては会わせろと要求してくるが、両家の親を納得させられるスペックの女が自分の手持ちにはいない。
ならば、社内で見繕って自分に惚れさせて、言いなりになるようにしてやればいいだろうと考えた。
「なんだその最低企画は」
「お前が馬鹿みたいに強かったのは想定外だった」
「馬鹿はお前だ。そんな穴だらけの企画が通るとでも思ったのか。情報収集からやり直せ」
「大体、なんだよ、その男みたいな喋り方は。そっちが素なのか?」
「長年ネトゲで男キャラをやってる弊害だ。些末な事だ」
「いや、その外見でそれは詐欺だろ」
床に這わされているのに馴れて来た自分に少し悲しくなりながら、やっぱり起き上がれないので圭吾は恨めしげに言う。
物静かな美人だが芯は強くて仕事が出来る、派手ではないがいつも清潔感のある身なりをした許嫁より若い女性。圭吾にとって、蓮花は望まない結婚を避けるために是非とも必要な逸材だったのだ。
なのに男口調で滅茶苦茶強い。183cmの身長の、ジム通いで鍛えた男をシバキ倒して片足で制圧出来るくらい強い。一体何を目指しているんだ。
「いい加減この足を退けろ」
「物を頼む態度じゃないな。まだごめんなさいも無い」
「俺に押し倒されて嫌がる女はいない」
「私は十分嫌だったが?」
ピンヒールでぐりぐりされて、圭吾の口から呻き声が洩れる。
聞くに耐えない傲慢発言だが、事実ではあるのだ。それなりの企業の創業者社長御曹司として生まれ、顔立ちは美人の母親譲りだが精悍さもあり、恵まれた環境で高度な教育を受けたので学歴も高く仕事振りも優秀、性格はかなり俺様だが、鍛えた長身を高級な服や小物で飾り高級車でエスコートする遊びなれた彼に、その気になって落とせなかった女性はいない。
「ご・め・ん・な・さ・い・は?」
ぐりぐりぐりぐり。せめてもの抵抗で沈黙する圭吾だが、蓮花が愉しげに女王様ごっこをしている訳ではなく、最初から一貫して淡々と正論を述べているので観念した。
蓮花が落とせなかった時点で計画は失敗している。そのくらいは理解する頭はあった。
「悪かった」
「何がどう悪かった?」
「嫌がる安倍さんにセクハラをして悪かった」
抵抗する気力も失せ素直に謝罪すると、ようやく解放された。
立ち上がり、自分の体を確認すると、あれほど痛くて動けなかったのに怪我をしている様子は無い。
「安倍さんは、何の武術を習ってるんだ?」
「暗殺術。独学だが」
「は? なんでまたそんな物騒な」
「私の持ちキャラは暗殺者だ」
完璧主義者の蓮花は趣味にも一切手は抜かないタイプだ。
呆気に取られる圭吾にニヤリと笑い、蓮花は歌うように言った。
「私を動かすならセクハラよりよほど良い手がある」
「なんだ?」
何となく、聞いたら後戻り出来なくなる気はしたが、あの許嫁とは絶対に結婚したくない圭吾は即座に尋ねる。
「現金だ」
嬉しそうに答える蓮花に、そこは意外と普通なんだなと思う圭吾は、まだまだ甘ちゃんだった。