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なすのあおしきのさわやぎくるやすきことなる

「茄子? 茄子が多くあるということで?」

そうで、といやるのは八百屋吉の助。話す相手は勿論希台のさむらいならぬさらむいなるやすしの御人、一の輔様にて候えることにて。


「茄子はおみおつけや煮びたしはいんだけど、色が渋うなるから、市中ではあんまりなんだよなあ。上様はあの色が御好きでやるから茄子を作るよう言われているし、さてね」


「ならば……おつけものに致すところかな。あるのなら、保つようにしたい」


吉の助主人、その言葉を聞いて渋る。


「おつけもんは一番色が渋い。わしも塩だけで漬けてみたことがあったが、茶の焼けた色だ。味もああなっちまったら染み込み辛い。門さんでも、今回ばかりは……けるかい?」


一の輔様、意なるところもあるよう言い発つ。


「難しいかもしれんが、やってみよう。みすみす成ったものを捨ててしまうことになるならば、使いたほうが良いに決まっている。平きものにあればこそ成れる茄子かな。では」


そう言うと、品の銭を払いいつものように風呂敷に包み負いて屋敷へと帰るのでした。


裏手に回り、考えることすこしばかりなるところ、かくりと頭を垂れてうなだれる一の輔様。


「はて、どうしたものか……この茄子の色を保ったまま、長らくを時経ることを成す、か……なすびだけに、困りものでござるな」


「もんさん! どうしたの落ち込んじゃって。

折角の男前なってのに……私でよければ話聞くよ?」


「ああ、お香さんの助けがきたか。色を保たせるのは何がよいのか、さっぱり分からん次第で。何か……手掛かりは、あるだろうか」


ううんと二人で悩みなさる時に、ふと思いついたのは、お香さん。そうだ、と申しつれて立つのは、一の輔様をおいのけて、走りだしました。その後を一の輔様は追われいてくことにて、やってきたのは、染め物屋号桝ノ屋。


「ちょっと見てってもいいかい? おつけもののダシに、ちょっとだけ!」

「んじゃらばおい等の塩つけ見てきなよ。にがりの真棹のあるようにんてく、おいれい」


通されたのは主屋の裏手の作務屋。立小屋の中で桝桶の長きところに泳ぐは布の一反すもの。その横では、長布にききめな白粉を刷り込んでいるところで、これはなんです? と台番殿に話しなさる一の輔様。


「こいつは塩田仕込みの重塩よお。塩は高いししっかれいからねえ、重塩の基で磨くのさあ。色もさすりゃあ映えなさる、ってな」


「基で磨く、か……なら、茄子でもやれないだろうか。茄子を重塩で磨いて漬ける」


「んそれだねえ! じゃあそうと分かったら早速作るよう! どうしたの、もんさん?」

「いや、先に帰っておいてくれ、お香さん。少し話があるのです」


そういうことならじゃあ、と分かり帰るお香さんを見送って一の輔様、何か孝があるようで。


遅れてやって参りました一の輔様、お香さんが重塩を作務小屋から引き出していると、上衣をはだけて、裸身半になります。


「きゃあああ! も、もんさん……!?」


「重塩は私にとって鉛の塊と同義する。よって、こうして練気をば致さんことにて! 發! 容! 合! 快! ……いきます」


天日に軽台を設けて、樽と桶をば致さんところに、茄子を一つ手に取り、重塩を刷り込んでゆきますところ、苦渋の面持ちなれば、致すところにあるようすくにくの策ならんことにてゆつことにあります。


「あっ……はあ、はあ、はあ、あっ……」


「大丈夫? もんさん? 私もやる?」


「っなりません。はべらるかや、さむらいの仕事業について、私がやらねば……くう!」


一の輔様にとって、この業、過酷な重労働にあるならば、しかしてもやることをやりになさるのが一の輔様の良いところ。重い手足を引き合って、なんとのように完成致しました。


「塩回句寸系。これで、後は漬け上がりを待つだけです。いや……体中がこごってしまった……ありがとうござった、お香さん」


「もう、無茶するんだからもんさんったら!じゃ、明日明後日ぐらいに来てみます」


「ありがとう! 漬け上がり、楽しみに!」


笑みを残してその日は過ぎゆくことにて、後日の装いになりました。二人と今日は女将さんに一度店を預けた吉の助主人も加わり、三人でおつけものの検分です。わくすくむずかしの三様にて待つは、樽の中身。


「なんか色が滲んでねえか? どす黒いっていうか、藍染めみてえだなあ。やるのかい?」


「やるとも。苦塩とて食べられなくはない代物。もしやとしては、よく浸かったのかもしれない。お香さん、蓋を開けてください」


いいよ、と蓋を開けると、藍染めの汁が如き中身に、浮かずに中にある模様で。お香さん、手を伸べて桶より取り上げますところに、そこには。


あっ。おおっ!? おっこいつは!


なすのあおしきことにてつくりしは、黒紫より帰りし青しの身衣皮。さんとて揃えれば、なすの柔らかきことにて芯央のきろしきこと、やすからんことにて。ありし日の憂き身を思い出さんこの味を、一の輔様、青漬けと名付けましたこと、市井を含めお上の目にも止まり、この青も良いとして、取り継ぎをばなされることになりました。

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