禁句
「マスター! ぬるいぞ! 早く温めてくれよ」
「こっちもだ!」
「俺ももう少し熱い方が良いな」
「はい、はい、はい。
順番に熱くしてやるから待っていろ」
大小幾つもの風呂桶が並んでいる場所で、俺は焼き石が多数入ったバケツを持ち駆けずり回っていた。
「こっちは熱すぎる、冷ましてくれ」
「それくらい自分でやれ! 風呂桶の脇に水が入ったバケツが置いてあるだろうが!
あ! コラ! お前らは其処に入るな! ゾンビ用の風呂はこっちだ。
お前らが入るとお湯が一発でドロドロになるんだぞ!
1つの風呂桶に纏まって入れ」
俺は風呂屋のオヤジなんかでは無い、魔王に強制召喚された日本人でダンジョンマスターをさせられている哀れな男だ。
右往左往しながらも使い魔の手助けのお陰で何とかダンジョンを運営している。
ダンジョンの運営が軌道に乗り一区切りついた時、自分自身に対する褒美として風呂をダンジョン最深部に造り疲れた身体を癒していた。
のんびりと風呂に浸かっていたところを部下の魔物達に見つかり、自分達も入りたいと要求される。
それでダンジョンに侵入してくる冒険者を駆逐する魔物達の内の成績上位者に、1ヶ月に1回風呂を馳走しているって訳だ。
部下の魔物達に風呂は結構好評で上位魔物であるドラゴンや悪魔に混じり、ゴブリンやゾンビがちらほら風呂に浸かっているのを見れば分かると思う。
下位の魔物達も風呂に入りたい一心で必死に頑張り、自分より上位の魔物より成績が上になるものがいて、冒険者の間では攻略できないダンジョンとして有名らしい。
ただね、喜んでばかりではいられ無いんだよ。
諸刃の剣何だよな。
「あー気持ちいいなぁー。
身体が清められる」
風呂桶の中で気持ち良さそうにお湯に浸かっていたミノタウロスが独り言を呟いた。
「ば! 馬鹿野郎ー!
それは禁句だー!」
あ、ああー、ミノタウロスの身体がドンドン浄化されて消えていく。
此れが諸刃の剣って言う理由。
俺達魔王に仕えるもの達が風呂の中で清められるとか極楽とかを口にすると、浄化されてしまうのだ。
ハァー、溜め息しか出ないよ。