チートと俺
「あちゃー……」
太っちょが、壁に空いた穴を見て頭を抱えている。
「すいません……」
「いや、いいんだが……」
そう言ってまた頭を抱えている。
「普通、ファイアー・ボールはそんなに破壊力ないんだがな……」
「すいません……」
「いや、いいんだ。……他の見張りには内緒にな?」
あれ?許してくれるのだろうか?
「……お前に魔法を教えたとバレたらいろいろ面倒だからな」
「でも、壁……」
「これくらいどうとでもなる」
ドッドッドと走っていく太っちょを見送っていると、後ろから肩を叩かれた。
「よお、どおした?」
振り返ると、昨日のおっさんがいた。
「いえ、思ったより魔法が……」
「魔法?お前さん、地球人だろう?魔法が使えるのか?」
「あ、いや、教わったんです、ファイアー・ボールだけ……」
「そうか。なあ、あっこにそれ撃てるか?」
そう言っておっさんは、俺たちを閉じ込めている城壁を指差した。
「ええ……まずくないですか?」
「なに言ってんだよ?逃げるなら今しかないだろう。死にてえのかよ?」
確かに、このままここにいても、奴隷として戦争に駆り出されるだけだよな。
楽しみといえば酒しかないし、酒を飲めない俺としてはつらいものがある。
「はあ、1回だけっすよ?……黒い風よ、火よ、風よ、我が礫となれ、ファ、グァーーッつぅうウウウッ」
痛っ‼︎頭が途方もなく痛い。まるで五寸釘を打ち込まれているようだ。
「無駄だよ」
げっ、やば……。痛む頭をおさえながら振り向くと、やはり、例の太っちょがいた。
なにやら大量の国王旗を抱えている。
「無駄ってどういうことだよ?」
「分かってるだろうに。陛下の所有物を攻撃することは魔法によって制限されてるんだよ。魔法だって同じことだ。」
「制限?戦争に行かないと死ぬ、とは聞いていますけど……」
俺はなるべく平静を装って答えた。動揺したら、死を受け入れたことになる気がしたから。
「ん?説明されてないのか?うん……とな?お前らは、召喚された時に魔法をかけられたんだ」
「それは聞いたぜ」
「その魔法で、お前らの行動は制限されているわけだ」
「はい」
「まず、ここの兵士に逆らうことは出来ない。命令されたら従わなくちゃならんし、口ごたえもできない。しようとしたら、精神的攻撃を受ける。
それから、」
「ーーーーーー勝たないと死ぬ、ですね?」
「ああ、戦場で勝手に降参することはできない。した途端、死ぬ。
で、最後は、陛下の所有物に攻撃することはできない」
「でも、さっきのファイアー・ボールは……」
「あれは、攻撃の意思がなかったからな」
敵意がなければ攻撃とみなされない、ということだろうか?
なんとも便利な魔法だ。
そんなことを考えていると、おっさんが太っちょの持っている国王旗に目を向けた。
「ん?それで壁の穴を隠すのか?でもそんなにいらないだろう?」
「ばぁか。ここだけにはったら怪しまれるだろ。カモフラージュに沢山はるんだよ」
なるほど……。
「でもなあ……。お前の魔法はどうなってるんだ?」
「どう、とは?」
「普通はファイアー・ボールでも習得するのに1年はかかるんだぜ?」
「そうなのか?」
おっさんは驚いた顔をしている。
それもそうだろう。地球のゲームじゃファイアー・ボールは初級どころかチュートリアルだもの。俺も驚いている。
「最初はな、火の玉すら出ない奴も沢山いる。
何回も詠唱して、やっと"黒の風"が出てくるんだ。」
「黒の風?」
確か詠唱にも出てきたような……。
「熱くはないけどな、黒くてモヤモヤした風が出るようになるんだ。それが"黒の風"というわけだ」
へえ……。
やっぱり俺はチートなのか?
俺TUEEEEEEEEEEできるのか?
そんな会話をした日から3日が経った。
出兵まで1週間を切っている。
幸いなことに、国王旗で隠した穴の存在はバレていない。
城中に国王旗を飾ったあの見張りは国王に気に入られて、見張り隊長に昇格した。
そして、俺はというと……
「ではこれから訓練を行う!」
今日から出兵にむけた訓練に参加することになった。
1週間足らずで何が変わるというのだろうと思うが、数年前にこの訓練が実施されてから、戦力は確実に数パーセントから数十パーセント、向上しているそうだ。
おっさんも訓練を受けているはずなのだけど、始まった日から会っていない。
訓練を受けている者は隔離されるようだ。
正直、怖いし、緊張もしている。俺達の身分は奴隷だ。どんなに辛くても文句は言えない。
逆らえば痛い目にあうだろう。
そうと分かっているのに、なんとなく俺はワクワクしている。
一度諦めたチートキャラになる希望を、ファイアー・ボールの件で取り戻せたからだろうか。
この機会に修行したら最強の力が手に入って、うまくいけば、奴隷という身分からも解放されるかもしれない。
…………そんな希望を抱いていた俺が馬鹿だったのだろうか…………。
行われたのは軍事訓練なんかじゃなかった。全く違った。
「おい、カガミ!!ナミト=カガミ!!何をぼーっとしている?」
「ス、スミマセンッ」
怒られてしまった。
今、俺の目の前にいるのは教官のガルジュ=グラム。
訓練が始まった年から、奴隷軍を担当しているそうだ。
俺と一緒に訓練を受けているのはだいたい10人。
皆、顔色がすぐれない。
「では、受け取れ」
グラム教官はそう言って、使い古された革靴を俺達に投げてよこした。
「革靴?」
装備だろうか?
そんなことを考えていると、グラム教官が衝撃的なことを言い放った。
「今日からはそれがお前達の、
………………………食料だ」